第34話 なんでそのポーズ?
もう稽古納めした後なのに、僕は道着を着て道場に立っていた。
向かい合うは着替えもせず、テラテラ光るシャツの上に毛皮を羽織り不敵な笑みを浮かべる謎の男。
「言っておくけど、僕は手加減はしないよ!命が惜しければ、すぐに降参してリサがいる場所を白状するんだね!」
「わかってます……」
自信なさげに小声で答えたが、一応僕には勝算がある。少なくとも命の危険はないだろう。
まず、場所は道場。岡崎先生も佐那も、それから佐那のお父さんも見ている。さすがに危険になったら止めてくれるだろう。
いや……岡崎先生に話した時、「道場破りなんて久しぶりだね~。えっ?一郎くんが相手をするの?血は争えないな~。昔、一郎くんのお父さんが道場破りを半殺しにしたことがあってね~」と目を細めて嬉しそうに話していたので、なかなか止めてくれないかもしれない。
そうなったらセカンドプラン。危なくなったらすぐに降参してリサの居場所を教えよう。いっそ、電話してここへ呼び出してもいい。
こいつはきっとマリアちゃんを狙った刺客なんだろうけど、なぜかやたらとリサに執着している。
だったら、リサを呼んで、リサにあっさり倒してもらうのが一番安全だ。
「それでは準備はいいかな。はじめ!!」
岡崎先生の発声で戦いは始まった。まずは距離を取って、円を描くように回り込みながら相手の出方をうかがう。その男は僕を目だけで追いかけるとニヤリと微笑み、ゆっくりと手のひらを天井に向かってかざした。
「近くの者は寄って見よ、遠くの者は音に聞け!そして我が元へ集まれ。我こそは。人呼んでローデシア王国の超新星。由緒正しき伯爵位!リ・ギョーヌ・ジャンククリストフ・フランソワジャクリーヌ・モレーヌだ~!!」
まるで戦隊ヒーローのリーダーみたいな派手な決めポーズに、見学していた子どもたちが「おぉ~っ」「かっこい~」と興奮し始めた。
むむっ、すっかり向こうを応援する雰囲気になっちゃったぞ。
少しむっとしていると、その男は天を突きあげた右手を僕の方に突き出し、左手を顎に当てた。
「さあ、精霊たちよ!あの男に天罰の雷を落とすがいい!!」
いよいよ来るか!僕はぐっと防御を固める。
「………」
しかし、そいつは僕の方に向かってこない。むしろ挙動不審になり、あたりをきょろきょろと見回し始めた。
「どうしてだ?どうして応えてくれない?じゃあ風の聖霊よ!あいつを吹き飛ばすがいい!!」
「……」
やはり何も起こらない。あいつ、何がしたいんだ?
「そんな、じゃあ火の精霊、いや水の精霊でもいい、誰か来てくれ~」
さらに焦り、虚空に向かい悲痛な叫びをあげる。もはや僕の方を見てすらいない。もしやこれはチャンスか……?
「隙あり!えいっ!」
ススっと間合いを詰めて、軽くローキックを入れた。相手を倒すためのローキックじゃない。間合いを測るための軽い一撃だ。
「ぐぁっ……」
しかしその男は、僕の軽いキックに過剰に反応し、のけぞってバランスを崩し、派手に仰向けに倒れた。
しかもそのまま頭を打って気を失ってしまったらしい。
どういうことだ?これは何かの作戦なのか?
◇
しばらく道場で寝かせた後、ようやくその男は目を覚ました。
僕はまだ警戒してたけど、佐那はそいつの実力を見切ったのか、完全に舐め切った表情をして無防備に近づいていく。
「大丈夫?ごめんね、うちの末端の門弟が~。こいつはまだ茶帯で、道場主のおじいちゃんにも、黒帯のわたしの足元にも、はるか~に及ばないんだけど、それでも君には荷が重かったみたいだね~。岡崎道場の層の厚さをわかってもらえたかな?あっっ、お水飲む?」
その男はナチュラルに煽る佐那から無言でペットボトルを受け取り、座ったまま一気にあおる。それから、グゥと盛大にお腹を鳴らした。
「失礼……2日前にこっちに来てから何も食べてなくて……。恥を忍んでお願いしたい。申し訳ないが何か食べ物をいただけないだろうか?」
確かにさっきまで派手に騒いだり動いたりしてたけど、よく見ると顔も青く、頬もこけている。
食うや食わずなのだろうか?ちょっとかわいそうだな。パンでも持ってきてあげようと振り返ると、マリアちゃんが群衆に混じって道場の入口に立っていた。
「だめだよ。刺客かもしれないから奥に行ってて」
「これ持ってきた。食べさせてあげて」
マリアちゃんが差し出したカレーパンを受け取り、道場に戻って男に手渡す。
男は、最初は不審そうな顔でカレーパンを眺め、匂いを嗅いだり少し齧ったりしていたが、すぐにすごい勢いでかぶりつき始めた。
よかった。カレーパンに夢中だ。今のうちにマリアちゃんを奥へ連れて行こう。
「マリアちゃん向こうに行こう。今は大人しいけど、お腹がいっぱいになったら急に襲ってくるかもしれないし」
「大丈夫、あれはジャン。リサの婚約者」
えっ???
耳を疑った。それから反射的に振り返ると、その男は手に持ったカレーパンを凝視していた。
「これは……グラン・ドゥ・ロッテンマイヤーじゃないか!やっぱりリサはここにいるのか……頼む。お願いだ。リサの居場所を知ってるなら、せめてリサに伝えてくれないか。一目でも会って話がしたい。彼女に伝えなければならないことがあるんだ!」
その男、ジャンは床に手をつき、僕に向かって深々と頭を下げた。




