第33話 たのも~……って?
暮れも押し迫った12月28日。今日は岡崎道場の稽古納めである。
どういう歴史があるのかは不明だけど、岡崎家では、毎年稽古納めの日にみんなでパンを焼くことが伝統になっている。
だから今日は僕も、有志のキッズクラスの子どもたちに混じってパン作りに勤しんでいる。
「いちろ~、なにそれ~」
「すげ~、カレーじゃん!!食べていい?」
「カレーじゃないよ。グラン・ドゥ・ロッテンマイヤー。後でカレーパンの具にするからちょっとだけだよ」
「やっぱ、カレーじゃんか~!!も~らい!!」
「僕も食べた~い」
僕は、キッズクラスの子どもたちに、いつもみくちゃにされる。
マリアちゃんは大人しくて物静かだけど、この年頃の子どもって、普通はこんなに元気いっぱいでやんちゃなんだな~。もうついていけない。
おチビさん達の相手に疲れて果て、休憩のために椅子に座っていると、佐那がニヤニヤしながら近づいて来た。
「一郎、もう疲れたの?情けないわね!!」
「寄る年波には勝てません……」
「なに言ってるのよ、まだお互い17歳でしょ。そういえば、昨日の変質者、あの後大丈夫だった?」
「なんとか……」
昨日、駅前で遭遇した変質者……もといローデシア王国のリ・ギョ…なんとかって名前の伯爵のことはリサにも報告した。
リサは、「リ・ギョナントカ……なんて名前聞いたことないし、伯爵はずっと空位だったはずだけど……」と言ってピンと来てない様子だったけど、新たに召し抱えられた刺客かもしれない。
一応警戒して、マリアちゃんの警備を強化することになった。
ただそうは言いながら、リサは、今日も今日とて居酒屋巡り。
今回は同僚との忘年会という名目で飲み明かすとか。だから、いつもどおりマリアちゃんは僕が守るしかない。
「たのも~!!誰かいないか~!!」
突然、玄関の方から大声が響いた。佐那のお母さんが玄関に向かい、やがて首をひねりながら戻って来た。
「佐那、なんか変な人が来てるんだけど。外国人さんみたいで、この道場に美しい空手ガールがいるはずだから会わせろって言ってて。心当たりある?」
「美しいって言ってるなら、わたしのことに間違いないだろうけど」
「?」
思わず漏らしてしまった疑問符を見逃してもらえなかった。佐那から腰にキックを一発見舞われる。痛い。
「でも、誰だろ?何て名前の人?」
「それが聞いたんだけど、長くて覚えきれなくて……最後に、なんとか王国のハクシャクって言ってたような……。早口で、しかも変なポーズしてたから自己紹介が全然頭に入ってこなくて……」
僕と佐那は目を見合わせた。昨日駅前にいた変態貴族だ!!
「いちろ~」
「マリアちゃんは奥に隠れてて。刺客かもしれない」
マリアちゃんを残し、僕と佐那だけで玄関に向かうと、そこにいたのはやはり昨日会った、リ・ギョ…なんとかという名前の伯爵だった。腕を体に絡みつかせ身もだえるような謎のポーズを取ったまま佇んで、僕たちを待っている。
「ようやく見つけたぞ、強く、美しいガール!!昨日はよくもやってくれたな!決着を付けにきたよ」
その男は僕たちが玄関に着くなり佐那を指さし、睨みつけた。視野が狭くなって僕は目に入ってないらしい。美しいと言われたからか、佐那は緊張感なくにやけている。
「僕は、尊敬する人から、貴族は決して負けてはならない、どんな手段を使っても勝たなければいけないと教えられた。昨日は背後から不意を突かれ、そのまま逃げられてしまったけど、あの方のためにも負けたままではいられない。いざ尋常に勝負してくれたまえ!!」
突然の申出に戸惑い、呆気にとられながらも、横を見ると佐那が「やってやろうじゃないか…」と小さくつぶやいている。
まずいな……佐那は空手の技術では同世代でもトップクラス。だけど、こいつはおそらくローデシア王国からの刺客。
これまでの傾向を踏まえると、きっと腕っぷしが強くて、しかも女性の顔面に全力パンチを叩きこむのも厭わないヤバい奴に違いない。
しかたない……。
「待て!もともと、あなたが僕に絡んで来たのが原因じゃないか!だったら、僕が代わりに相手をしよう!」
その男はゆっくりと僕の方に顔を向け、それからハッとした表情をした。本当に僕のこと、目にはいってなかったの?
「なんという偶然!君は、リサと一緒に歩いていた男じゃないか!!まさか一石二鳥で目的を果たせるとは!これぞ精霊のお導き!いいだろう、まずは君をぶちのめして、リサの居場所を吐かせてあげようじゃないか!!」
こうして僕は、道場破りに来た謎の男と、道場に移って対決することになった。




