第32話 いきなりの登場ですか?
それは、冬休みに入り年末も近づいた昼下がり、スーパーで買い物を済ませ、家路に着こうとしている時だった。僕は商店街がやけにざわついていることに気づいた。
たくさんの人が集まって、長身の男性を取り囲み、視線を向けたりスマホで撮影したりしている。
囲まれている男性は外国人さんだろうか。さらさらの金髪に透けるような白い肌。しかも胸どころかお腹まで見えそうなくらいボタンを開けた光沢のあるシャツの上に、ゴージャスな毛皮のコートを羽織るという、暑いのか寒いのかわからない格好をしている。
口にくわえているのは薔薇だろうか?どう見ても一般人じゃない。
「もしかしてテレビの撮影?それとも有名動画配信者かな?」
根がミーハーなのは自覚している。有名人だったらスマホで撮って姉さんとか佐那に送ってあげようと、人が集まっている方に近づいた。
ただ、近づくにつれて違和感に気づいた。撮影だったら当然いるはずのスタッフやカメラクルーがいない。
その男もカメラを持っていない。
しかも、さっきから周りの人を鋭い視線で見回している。顔も見覚えがないし、ただの危ない人なのかもしれない。
危険を察知し、そのままUターンして帰ろうとすると、なぜか背後の群衆がどよめいた。
なんだ?と思い、振り返ると、その変な男が猛烈な勢いですぐ近くまで迫ってきていた。
「やっと見つけたよ、ボーイ!」
その男は口にくわえた薔薇を手に持ち替え僕に突きつけた。
「えっ?えっ?誰ですか?」
「ふふんっ、知らざあ言って聞かせよう!我こそは。今は……伯爵であるが、やがて貴族の頂点に昇り詰める男。可能性とは僕のためにある言葉。そう世界に聞こえた超新星。リ・ギョーヌ・ジャンククリストフ・フランソワジャクリーヌ・モレーヌとは僕のことだ~!!」
その……なんか覚えにくい長い名前の男が薔薇を天に突き上げ高く掲げたポーズを決めた時、見物客から自然と拍手が湧いた。スラリとした長身に美形も相まって、そのポーズはまるで宝塚の男役のように堂に入っている。
ただこの光景に既視感がある。こいつはマーロウとかフーシェ兄弟とか、そういったローデシア王国貴族の匂いがする。ということは、新しい刺客か……?
「すみませ~ん。人違いで~す」
僕は表情を殺して目を背けた。伯爵と名乗っているし、これまでの刺客である男爵や子爵と比べて相当強いはず。できれば戦わずに済ませたい。僕の顔は知らないはずだし、とぼけていればあきらめてくれないだろうか……?
「いいや、間違いない!君、この間、リサ・ロッテンマイヤー侯爵と一緒に歩いていただろう!この僕の目はごまかせないよ!」
「し、知りませ~ん。ダレデスカソノヒト」
とぼけて顔を背けると、その男は僕の胸倉をつかんで顔を近づけてきた。
きめ細くて綺麗な肌だな。しかもフローラルないい匂いがする。思わず陶然としそうになったけど、その男の必死な声に我に返った。
「頼む教えてくれ。リサはどこにいる?この街にいることはわかっているんだ。同じ街に住んでいて、一緒に歩いていたんだ。知らないはずないだろう?」
「ワカリマセン、ナニモワカリマセン」
僕は胸倉をつかまれブンブンと揺さぶられながら、すがるような視線で周囲の人に助けを求めた。
だけど、さっきまでは不審者扱いだったのに、僕との絡みが始まったことでドラマか何かの撮影だと勘違いしたのか、「BL?」「相手役の子、普通過ぎない?」「超絶美形の相手役が普通過ぎるのが逆にエモいじゃん」など、勝手なことを囁くだけで、誰も助けてくれない。
助けて~!!と、目を閉じて心の中で叫んでいると、急にその男がガクッと腰を折り、膝をついた。
「ちょっと!一郎になにしてんのよ!」
見ると佐那が空手の残心のポーズをしている。どうやらその変な男にローキックを入れて助けてくれたようだ。
「な、なんだい?レディがキックなんてお転婆だな~」
笑顔で立ち上がろうとするその男の姿を見て、ぞわっと寒気が走った。
気づけば、「逃げよう!」と言って、佐那の手を取って走りだしていた。
「待ちたまえ、君たち~!!」
背中にその男の声が聞こえたけど、振り返らず全力疾走。路地裏を走り抜け、何とか巻くことができたようだ。僕と佐那は後ろを慎重に確認した後、コンビニの前で休み、息を整える。
「ハァ、ハァ……いったい誰なのあれ?」
「わかんない。急に絡まれて」
「そういえば、夏合宿の時も変な外国人さんに絡まれてたよね?どういうこと?」
佐那が詰問するような視線を向けてきた。
「わかんない。最近変な人が増えてるから、たまたまじゃないかな~。ハハッ」
僕は笑ってごまかす。佐那を巻き込まないよう、リサと話し合って刺客のことは黙っておくことにしているからだ。
「ふ~ん、まあ今回はわたしが通りかかったからよかったものの、変なことに巻き込まれてるんだったら、ちゃんと相談してよね……心配なんだから」
「ありがとう。そういえば、合宿の時も助けてくれたよね。さっきと同じように暴漢にローキックしてくれたんでしょ。あの時も助かったよ」
空手の夏合宿の帰りのバス。フーシェ兄弟の兄であるマクシミリアンに首を折られそうになった時、さっきと同じように相手が急に膝から崩れ落ちたのを思い出した。
あの時は不思議だったけど、きっと、さっきと同じように佐那が助けてくれたに違いない。
「えっ?なにそれ?知らないよ。あの時は怖くて震えてまったく動けなかったんだから」
えっ?そうなんだ?じゃあ、あの時は誰が助けてくれたんだろう?




