第30話 どうしてここに?
ノックの後、ドアが開き、姿を現したのは……佐那?
「あっ、違うのよ。わたしはこの子を送って来ただけだから、お邪魔だろうし、外で待ってるわね……」
そそくさと後ろに下がる佐那に代わり、部屋に入って来たのはマリアちゃんだった。
「今日は学校じゃないの?一人で来たの?」
「佐那先生に頼んで連れて来てもらった」
そう言うと、マリアちゃんは黙って机の端の椅子に座った。
「お嬢ちゃん、今、大事な話をしてるからね……」
「わたしが山田まりあ。わたしの後見人の話をしてるんでしょ?だったらわたしの話も聞いて欲しい」
マリアちゃんの言葉に調停委員の先生たちが顔を見合わせ、小さくうなずき合った。戸惑ってはいるが、そのまま話を聞いてくれるようだ。
「マリアちゃんは、リサさんのことどう思ってるの?」
そういえばマリアちゃんは、リサのことをどう思ってるんだろう?
家事もせず、家にお金も入れず、ぐーたらと過ごしているどころか、外でギャンブルに勤しんで、そのせいで仕事もクビになるような絵に描いた昭和のダメ親父みたいな彼女のことを……。僕は固唾を飲んでマリアちゃんの言葉を待った。
「リサのこと好き。リサと一緒にいると楽しい」
あどけない表情でのその一言に、場の空気が一気に緩んだ。
「そうなんだ~。たしかに楽しそうな人だよね。だけど、楽しいだけじゃダメなんだ。マリアちゃんが健全に育つためには、ちゃんとした人のところでお世話になった方がいいんだよ~」
「そうよ。一緒に暮らしてる人の影響は大きいんだから。このままリサさんのところにいると、マリアちゃんが悪い影響を受けないか心配だわ~」
調停委員は、優し気だけど断固とした口調だ。どうやらリサは後見人に相応しくないと完全に心証が固まってしまったらしい。
しかしマリアちゃんが首を横に振った。
「リサは、ちゃんと何が正しいか教えてくれる。わたしに対しても一郎に対しても、ちゃんとやり方は教えてくれてるけど、一人でできるように手は出さない。ずっと側にいるわけじゃないけど、いつも見守ってくれてる」
小さなマリアちゃんが訥々と語る調子には、まだ小学2年生なのに表現しがたい説得力があった。これが王の威厳だろうか?僕たちは口を挟まず、黙って耳を傾ける。
「リサは、一生懸命、わたしのことを守ろうとしてくれてる。わたしを守る責任を果たそうとしてくれてる。内乱に負けて国からの仕送りもなくなって、前の家を追い出されても逃げ出さず、わたしを支えようとしてくれた。反逆者になって、国で待つ婚約者と別れることになっても、わたしを助ける道を選んでくれた。こんなにわたしに尽くしてくれる人は他にいない。リサはかけがえがない存在。これからもずっとリサと一緒に暮らしたい」
僕はマリアちゃんの言葉に胸を打たれた。
そうなのだ。普段はだらしない面ばかり目についてしまうけど、リサは、たった一人で亡国の幼き王を守るという困難な道を自ら選んだ誇り高き貴族なのだ。そのリサの誠意は十分にマリアちゃんに届いていたか。
「お嬢ちゃん、気持ちはわかったわ。でもね、後見人は子どもの教育に相応しい人がつくべきだと思うのよ……」
「そうだよ。お嬢ちゃんにとっても、裕福で、ちゃんとしている中野島先生のお家でお世話になった方がいいんじゃないかな……」
調停委員は少し困惑顔だけど、その口調は断固としている。マリアちゃん一世一代の訴えもこの二人の心に響かなかったか……。たしかにこの二人はローデシア王国とか、そういった背景事情を知らないから仕方ないかもしれない。
もうあきらめるしかないのか。それともまだ説得するつもりなのか?
「あなたたちには話していない」
マリアちゃんの方を見ると、彼女の視線の先に調停委員の先生方はいない。僕やリサもいない。
「……里奈。わたしは、さっきからあなたに向かって話してる。里奈もローデシア王国の貴族の生まれ。だからわたしが言ってることはわかるでしょ」
里奈さんの方を見ると、唇を強く噛みながらブルブルと震えていた。何も言わない。いや何かを言おうとしながら何度もためらっている。
「……陛下の仰せのままに。申立ては取り下げます……」
ようやく里奈の口から零れた言葉は、まるで蚊が鳴くように小さかった。
◇
「よかった~!じゃあ、マリアちゃんは、これまでどおりリサさんと一郎と一緒に暮らせるのね!」
調停室を出て、廊下で待っていてくれた佐那に顛末を告げると、彼女は胸を撫でおろした。
里奈さんが申立てを取り下げたから調停手続は打ち切り。他にリサが後見人であることに異議を唱える人もいないので、現状維持となったのだ。
「いや~、ほっとしたよ。ほっとしたらお腹空いたな~。何か食べてこうよ~」
難を逃れたリサがのん気なことを言っている。喉元を過ぎれば熱さを忘れるというやつだろうか。
「ダメですよ。そんなお金ありません!!」
ピシャリと言い放つと、マリアちゃんにズボンの裾を引っ張られた。
「連れて来てくれた佐那先生にお礼したい。みんなでごはん食べてこ……」
「わたしも行きた~い。せっかく横浜まで来たんだし、高級中華がいいな~」
く~っ!!正論!!
確かに佐那にはお礼しないといけない。
でも、お金がない。ここは家の近所の大阪王将あたりで手を打ってもらえないだろうか……だめか…?
僕が内心で逡巡していると、マリアちゃんがすたすたと廊下の先へと歩いて行った。
あっ、待って!と思い、追いかけようとした時、マリアちゃんが向かった先に誰がいるのか気づいた。
「……一緒にご飯にいこう」
マリアちゃんが話しかけた相手は里奈さんだった。里奈さんは、すぐに廊下にひざまずきマリアちゃんの前でうなだれた。
「……陛下、私は陛下の意思に背き、リサを排除しようとしました。今さら陛下に会わせる顔がありません」
「里奈が、里奈なりにわたしのことを考えてくれたことはわかってる。リサと同じくらい里奈も大事な家臣。だから一緒にご飯に行こう」
「陛下……お供させていただきます」
そのままマリアちゃんが戻って来た。後ろには里奈さんがしずしずと従っている。
「一郎、もうお金の心配しなくて大丈夫。里奈が出してくれる。みんなで中華をいっぱい食べよ!」
なるほど、これが王の威厳と度量なのか……。僕は、マリアちゃんの顔を見ながらただただ感心するしかできなかった。
マリアちゃん、なんて恐ろしい子!!




