第29話 裏でなにやってるんですか?
「異議があります!!」
その一言に、僕たちは一斉に里奈さんの方に視線を移した。彼女は鞄から書類を取りし、調停委員に配る。
「マリアちゃんは、まだ小学2年生です。そんな多感な時期の子どもの後見人としてリサの素行には問題があります」
「言いがかりは止めてもらおうか。いったい私の素行のどこに問題があるって言うのよ!」
リサが里奈さんを鋭く睨み、里奈さんが睨み返す。
「まず、先ほど、リサは、あたかも一郎くんやマリアちゃんのご飯を毎日作ってあげているかように言ってましたよね!でも、お配りした書類の1頁目を見てください!」
調停委員が書類に目を落とす。僕もそれを盗み見ると、そこには赤ら顔のリサが、ビール瓶の横で、だらしない赤ら顔を晒しながらテーブルに突っ伏している写真が貼ってあった。
「リサは、毎週土曜日、一郎くんとマリアちゃんをほったらかして、一人で居酒屋でくだを巻くのを習慣にしています。毎週ですよ、毎週!!」
「ど、土曜日は、一郎たちが、道場でご飯をご馳走になってくるから……。それに居酒屋くらい行ってもいいじゃない。たまの息抜きくらいで素行が悪いなんて言わないでよ!」
リサの反論に、里奈さんは涼しい顔をしながら、ニヤリと口元だけで笑った。
「たまの息抜き?では、2頁目を見てください」
調停委員がページをめくる。2頁目には、クジャクの羽根で飾られたゴージャスな帽子を被り、ドレスを着たリサの写真が貼られていた。その写真の端には馬が映り込んでいる。
「リサは日曜日、競馬が開催されている日はいつも、こんな格好で朝から晩まで競馬場に入り浸っています。競馬場の関係者に聞き込みをしたところ、『クジャクの帽子のねーちゃん』として東京近郊の競馬場の名物になっているとか……」
「あっ、そうだ!!どこかで見たことあると思ったら、あのクジャクの帽子のねーちゃんだったか!!いや~、いつもリサさんの予想を参考にして馬券を買わせてもらってるけど、これがよく当たるんだ~!!」
調停委員のうち男性の方が興奮し始めた。どうやら彼は競馬ファンで、競馬場でリサを見たことがあるようだ。一方、その隣に座る女性の調停委員は、いかにも不快といった様子で眉間に皺を寄せている。
「け、競馬は、公営ギャンブルだし、違法じゃないでしょ!それに私はギャンブルじゃなくて、純粋に馬が好きだから競馬場に行ってるのよ!」
明らかに旗色が怪しくなり始めた。慌てるリサとは対照的に里奈さんは余裕のある表情で微笑んだ。
「ギャンブル好きじゃない?ふ~ん。ねぇ、一郎くん。リサが平日に何をしてるか知ってる?」
「もちろんです。駅前のニコニコドラッグで働いてると聞いてます」
「それは情報が古いんじゃない?次の資料を見ていただけますか?」
調停委員が、ページをめくるや否や、「あっ」と声をあげて表情を凍りつかせた。
「リサは、とっくの昔にニコニコドラッグを解雇されてるのよ。しかも懲戒解雇。今年の7月、職場で賭場を開帳して、同僚とお金を賭けてサイコロ賭博をしてたんでしょ、リサ?」
里奈さんはニッコリ微笑みながら、それでいて迫力のある視線をリサに向ける。里奈さんと、まったく同じ顔をしたリサは、その顔を真っ青にしてブルブルと震え始めた。
「ちょっと、職場で賭博ってどういうことですか?日本では賭博は犯罪ですよ!!なにやってるんですか!?」
「それは、事情があって、後で説明するから……」
さっきまでの勢いを失いリサは完全に憔悴している。それでもここで黙ったら負けだと思ったのか、弱々し気に口を開いた。
「それは、一回だけ同僚に言われて参加したのよ。そこで賭博をしてるなんて知らなかった……」
「そうかしら?同僚の話によると、リサが大勝ちして同僚から5万円も巻き上げらしいけどな~。いずれにしても、こんな風に酒や賭博に溺れる人が、小さな女の子の後見人として相応しいのでしょうか、調停委員の先生方!!」
里奈さんは表情を引き締め、調停委員に迫った。先生方は渋い表情をして唸っている。
「……もしこれが事実だったら、とても後見人として適切とは言えないな~」
「ええ……」
いよいよ万事休すか。渋い顔の調停委員と、里奈さんの勝ち誇った表情、それからもはや戦意を失ったかのようなリサの顔を交互に見て、僕があきらめかけた時、調停室の扉から小さなノックの音が聞こえた。




