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第3話 この感触は?

「眠れない……」


 いつもは寝つきがいい方なのに、今日はまったく眠れそうな気がしない。


 それは、見慣れないリビングの天井のせいでも、普段はまったく意識しない掛け時計の音のせいでもない。


 隣ですやすやと寝息を立てる美人のお姉さんのせいだ。


「どうしてこんなことになったのか……」


 目を閉じて今日のこれまでの流れを振り返った。

 やっぱりまったく納得できない…。なんでこんなことになったんだろう?



 勢いに押された僕が二人を自宅マンションまで案内すると、リサは僕の了解を得る前に玄関に入り込んで、不躾に部屋の中を見回した。小さなマリアちゃんと子猫のバロンの方がまだ遠慮がちだ。


「なるほど、こんなもんか。さっそくだが、ご両親にご挨拶したい。ご在宅かな?」


「いえ、うちは母が既に亡くなっていて、父も仕事で遠いところにいますので、ここにはいません」


 そう。僕は高校生だけど両親とは一緒に暮らしていない。母が残してくれたこのマンションと、父から定期的に振り込まれる仕送りに頼って高校生らしくつつましく暮らしている。


「それは、むしろ好都合だな」


 リサはニヤリと笑うと、靴を脱ぎ捨て、廊下にあがり、それから廊下の横のドアを勝手に開けた。


「あっ、そこは僕の部屋……」


「ちょっと狭いがここでいいかな。よしっ!一郎、さっさと汚い荷物を運び出しなさい!!」


「ええっ?どういうことですか?」


「喜べ!!この部屋が栄えある陛下の御座所となるのだ」


「いや、『喜べ』とか『なるのだ』じゃないですよ!!わけがわかりません。だいたい、マリアちゃんは団地住まいでしょ?なんでうちに引っ越してくることになってるんですか?」


 リサが物凄い剣幕になり、それから僕につかつかと歩み寄って僕の胸に指を突き付けた。


「言っておくけど、こうなったのも、すべて一郎のせいなのよ!」


「どういうことですか?」


「一郎が言う通り、陛下は団地の山田さん夫婦の家にホームステイしていた。しかし…」


 リサはゆっくりと子猫のバロンに視線を送る。


「あの団地はペット禁止なのよ。一郎が餌付けをして、名前まで付けてしまったから、バロンはすっかり陛下に懐き、お優しい陛下は、ご自身を慕う子猫を今さら野に放つこともできず、我々が家を追われるはめになって……これが、一郎のせいでなければ誰のせいなの?」


「た、たしかに僕が餌をあげて、バロンって名前をつけましたけど……」


 僕の言葉にリサは腰に手を当て、やれやれといった感じで首を振った。


「生き物の面倒をみるなら、最後まで面倒をみろと教わらなかった?一郎の中途半端な優しさがこの事態を招いたのよ。反省しなさい。そして、反省したらさっさと荷物を運び出しなさい!!陛下をいつまで廊下に立たせておく気?この不忠者!!」


 結局、リサの圧力に負けて、僕は部屋をマリアちゃんに明け渡すことになった。マリアちゃんが部屋を気に入ってくれたのが唯一の救いだ……。


「さて、陛下のお部屋も整った。私の部屋は……こっちにしようかな?」


 その部屋はまずい!僕は慌てて、リサが開けようとした扉の前で通せんぼした。


「だめです!この部屋は使えません!」


「何を言ってるの?一郎は一人暮らしでしょ?一郎がこの部屋を使うつもりなら、私の方が優先よ。私は侯爵、一郎は準男爵。5階級も違うのよ。身分の差をわきまえて黙って部屋を譲りなさい!」


 リサは眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔で睨みつけながら、僕の肩を掴んだ。思わず、またひるみそうになったけど、ここを譲るわけにはいかない!


「僕が使うわけじゃありません!だけど、この部屋に入れるわけにはいきません!もし一歩でも足を踏み入れたら、とんでもない目にあわされますよ!!」


 僕の剣幕に負けたのだろうか?リサは意表をつかれたような顔をして、僕の肩から手を離した。


「……ほら、それにこの部屋は鍵がかかってます。僕でも開けられませんよ」


「それじゃあ、私はどこで寝たらいいの?他に個室はないみたいだし」


「そうですねえ……」



 こういった経緯があって、今、僕とリサはこうやってリビングで布団を並べて横になっているというわけだ。


「うぅ~ん……」


 寝言だろうか?隣から少し色っぽい声が聞こえてドキッとした。


 チラリと盗み見ると、掛布団が蹴り飛ばされていた。


 その中はタンクトップに短パンと薄着。

 仰向けで寝ているのに胸の部分だけが二子山のように高くそびえ立ち、裾が派手にまくれあがってお腹の白い肌も見えている。


 うわ~っ、さすがに見ちゃまずいよな……。僕はすぐに目を逸らした。


 だけど、今日は四月とはいえ、まだ少し肌寒い。あれじゃあ、お腹を冷やしちゃうかもしれない。


 僕はなるべくリサの方を見ないようにしながら、そっと掛布団をつまみ、さっとリサの体に掛けたようとした……瞬間だった。


 ぽにょ~ん


 あれっ、肘に何か柔らかいものが触れたぞ?

 それが何か確かめようと反射的にもう一度、二度と肘でつついてしまい、それから我に返って血の気がさっと引いた。


 おそるおそる振り返ると、くわっと見開かれた黒い瞳が僕を捉えていた。


「このエロガキ!何をするの?さっきから、ごそごそ、もぞもぞと……底なしの獣欲を持て余しているのはわかっていたけど、まさかこの私にそんなハレンチなことをするなんて……」


 誤解です……いや誤解じゃないのか?


 僕は床に正座させられた。向かいにはやはり正座をした険しい顔のリサ。


「見習いとはいえ、栄誉あるローデシア王国の貴族の末席に連なる身。そんな君が暗闇に紛れて乙女の胸をいやらしくつつき回すなんて、恥ずかしくないの?」


「いえ、あのリサさんの布団と服がはだけていたので…」


「はだけていれば襲っても構わないと言うの!?呆れた!!」


 ダメだ。全然話を聞いてくれない。

 ……とはいえ、触ってしまったことは間違いない。しかも一回目は事故だけど、二回目は、僕もなんとなく肘が何に触れているのか気づいていた。


 ただうなだれて、「ごめんなさい」と言うしかない。


「……まあ、反省しているみたいだし、今日の所はこれくらいで許してあげる。だけど明日からは先輩貴族として厳しく指導していくからね」


「……はい。リサさん」


「馴れ馴れしい。言っておくけど君は教えを受ける立場なのよ。私のことは師匠と呼びなさい」


「はい。師匠」


「今後、師匠に向かって色目なんか使ったら承知しないからね。じゃあおやすみ」


 リサは布団を被り、僕と反対の方を向くとすぐにすやすや寝息を立て始めた。


 誤解されてる。僕はリサをそんな目でなんか見てない……のかな?


 釈然としなかったけど、なんとなくもやつく感情を持て余していたのも事実。


 そんな欲求不満を解消するため、僕は布団の中で、さっきの感触を思い出しながらもぞもぞ、ごそごそとするしかできなかった。


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