第26話 その片言はなに?
それは、僕がリサ宛の一通の郵便を受け取ったことから始まった。
「師匠宛に郵便が来てますよ。書留みたいな……親展って書いてある」
僕が受け取った封筒をリサに渡すと、リサの顔色が変わり、慌てて封筒を開けて中を読み始めた。
「なんのお手紙ですか?差出人は弁護士みたいですけど……」
「い、いやなんでもないよ……」
そう言いながらも顔がひきつっている。これは間違いなくただ事じゃないぞ。
「あの、プライバシーに関わることかもしれないですけど、もし困り事があるならちゃんと教えてください。ほら、一緒に暮らしてるわけですし、僕やマリアちゃんにも影響があるかもしれないですし……」
「いや、大丈夫だから!これは……あの、あっ、そうだっ!!先月カードを使い過ぎちゃって、それの督促かな~?」
「それって大変なことじゃないですか!!大丈夫ですか?」
「あっ、いやいやウソウソ。そんなわけないじゃ~ん。ちょっと電話してくるね~」
僕からの追及から逃げるように、スマホを持って慌ててリビングからに出て行った。
あの不審な態度。怪しい……。明らかに何かを隠してるぞ。
廊下から、ボソボソと電話で話す声が漏れ聞こえてくる。
聞き耳を立てると、はっきりとは聞こえないけど、「仕事は見つけたから」とか「もう少し待ってくれるって約束じゃない」とか言ってる。これは本当に借金なのかもしれない……。
◇
それからずっと、リサの様子がおかしかった。食事の時も、ソファでダラダラしている時も、唐突に思い悩んだような表情になり、ため息をついたり、ぼんやりするようになった。
しかも生活リズムも変わった。ドラッグストアのバイトも、これまでは昼勤だけだったのに、夜に出勤することが増えた。いや、そもそもドラックストアに夜勤なんてあるのか?あの店、午後8時閉店だし。もしかしてお金を稼ぐために夜のお仕事を始めたとか……?
◇
「師匠、少しお話しませんか?」
ある日、リサにそう話しかけた。リサは、いつものようにダイニングテーブルで頬杖をつきながらため息をついている。
「ずっとお悩みのようですね。僕でよければお話を聴かせてもらえませんか?」
「いや、うん。大丈夫だよ」
リサはため息をつくと、顔を背け、髪を掻きむしった。全然大丈夫そうじゃない。
「僕も師匠も同じ、マリアちゃんを守る貴族ですよね。師匠に何かあったら、マリアちゃんの身が危ないかもしれません。だから、早めに僕に相談してくれませんか?」
リサが頭を掻きむしる手を止めて僕の方を見た。久しぶりに視線が合った気がする。
「お金のことで困ってるなら、僕は貸せるお金はないですけど、姉さんに相談することもできますよ……」
「いや、本当にお金のことで悩んでるわけじゃないのよ……。はぁ……」
「そういえば、この間、弁護士から郵便が来てましたよね。あれが関係してるんですか?」
僕の言葉にリサが動きを止めた。視線が泳ぎ出し、明らかに動揺している。
「い、いや~……、ソンナコトナイヨ、ニホンゴ、ムズカシイ。ヨクワカラナイヨ」
「普段あれだけペラペラしゃべってるのに、都合のいい時だけ実は外国人って設定を利用しないでください。何が書いてあったんですか?」
僕がぐいっと身を乗り出す。だけどリサは、まだ告白する勇気がつかないのか視線を惑わせたり、爪を噛んだりした。僕はリサを見つめたままじっと待った。
「わかった……。観念して話すよ。まず、私は日本ではローザマリア陛下の後見人になってるんだ。陛下はまだ未成年だから日本での保護者が必要ってことで、こっちに来た1年前に家庭裁判所に申し立てて正式に選任されたんだよ」
「そうなんですね、へ~っ……」
「ところが最近になって、私が後見人であることに異議を唱える人が出て来たんだ。私が後見人に相応しくないって」
「ああ、あの郵便を送って来た弁護士ですね」
「そう。それでこれまで何度も話合いをしてきたんだけど、全然納得してもらえなくて、とうとう裁判所に訴えるとか言い出して……」
「えっ?それって大変じゃないですか?」
後見人とか裁判所とか、正直言って高校生の僕にはよくわからない。だけど、いい年なのにアルバイトで小遣い程度しか稼いでおらず、赤の他人である僕の家に居候して、食事や酒代も面倒を見てもらっているリサを見て裁判官がどう判断するか……不安しかない。
「それで裁判所だけは許して欲しいと頼み込んで、なんとか、あと一回だけ話を聞いてもらえることになったんだ。明日の夕方5時に会うことになってて……。でも、そこで説得できなきゃ裁判になって、後見人からも解任されて、そしたら陛下とも引き離されちゃう……」
いかに高貴な血筋と比類なき戦闘力を持つリサとはいえ、司法の力の前には無力に等しい。たしかにこれは大ごとだ……。
事態を解決できる名案は何も思い浮かばない。腕組みをしてうなだれていると、リサが顔をあげた。
「明日の弁護士との話し合い、死ぬ気で頑張ってくるよ。何が何でも説得してくる。うん。もうそれしかないから!!」
リサの瞳には、固い決意の炎が映っていた。
◇
翌日の午後4時半ごろ、僕はマリアちゃんを学童に迎えに行くため、駅前の商店街を歩いていた。
「弁護士との話し合い、大丈夫だろうか?」
たしか5時から駅前で待ち合わせていると言っていた。話し合いで説得できないと絶望的。リサとも、マリアちゃんとも引き離されることになる。
ここは何が何でも、頑張って説得してもらわないと……。
そう不安に思いながら視線を移すと、僕の目に驚きの光景が飛び込んで来た。
そこには喫茶店の窓際の席に一人座り、巨大なパフェを抱えるようにして、顔をほころばせながらスプーンを口に運ぶリサの姿があったのだ。
「あの人……こんな時になんでそんなのん気な……もうっ!!」
僕はリサの緊張感のない姿に我慢できず、その喫茶店に飛び込んだ。




