第21話 なぜ浴衣だとわかるのか?
「それじゃあ、グラン・ドゥ・ロッテンマイヤーを作っておいたので、夕飯はそれを食べてください。あと、食べ終わったらちゃんとお皿を洗っておいてくださいよ」
「「は~い!!」」
8月31日、夏休みの最終日。
この日、僕は佐那と花火大会に行く約束をしている。
マリアちゃんも連れて行ってあげるつもりだったけど、佐那の話によると花火大会に小さな子どもを連れて行くのは非常識なのだとか。
だから、マリアちゃんは、リサ、それから子猫のバロンとお留守番をしてもらうことになっている。
「帰りは遅くなるかもしれないので、マリアちゃんはお風呂に入って歯磨きして、10時になったらお布団に入るんだよ。明日から学校だからね」
「は~い」
「あと、師匠は飲み過ぎないように。ビールは1日3缶まで!」
「は~い!!」
マリアちゃんも師匠もやけにいい返事を返してくる。てっきり、一緒に行きたいとか、一人だけ出かけてずるいとか、そんな風に駄々をこねられるかと思ったけど、なんか拍子抜けだな……。
「じゃあ、いってきま~す」
そう言って玄関に向かおうとした時、ふと振り返るとダイニングテーブルに座ったリサとマリアちゃんが目を見合わせ、ニヤリと笑っている姿が目に入った……。
◇
「お待たせ~」
「わたしを待たせるなんて一郎も偉くなったわね……おっと、違う。ううん、今来たとこ」
待ち合わせ場所のコンビニへ行くと、もう既に佐那が待っていた。しかも今日の佐那の姿はいつもと違う。水色地に朝顔の柄の浴衣姿に、小さな巾着袋を持っている。
「……どうしたの?急にじっと見て……」
「いや……浴衣でよかったなって、思って」
「そ、そうかな~!そう言ってもらえて嬉しいな~」
佐那は急に顔を赤らめ、頬に手を当てながら目を逸らした。
意外な反応!!僕は、浴衣だったら佐那が得意の蹴り技を繰り出せないだろうし、その分理不尽な暴力を受けなくて済むからよかったって、そういうつもりで言ったんだけど……。
「えっ?えっ?似合ってる?かわいい?そうかな~?」
佐那は照れ隠しなのか、手刀で僕の脇腹をつついてくる。これが的確に僕の肋骨の間を突いてきて地味に痛い。
しかも連打。これは蹴り技よりもダメージが大きいかもしれない。やっぱり浴衣じゃない方がよかったかもしれない……。
「それにしても……わたしが浴衣着てるのに、その格好はなくない?」
「そうかな……?」
今日の僕のファッションは黒のTシャツにハーフパンツ。夏の高校生男子の装いとしてはごくごく普通だと思うが……。
「かの……女の子が浴衣着て来るんだから、それに合わせた柄の浴衣を着てくるべきでしょ。あ~あ、一郎ってやっぱり非常識だな~!!」
佐那が明後日の方向を見ながら、ぶつくさ言っている。
非常識?そうなの?いや、そもそも僕は佐那から、今日浴衣で来るなんて一言も聞いてないんだけど……。
それなのに佐那の浴衣の柄を予想して、それに合わせた柄の浴衣を着て来るなんて無理ゲー過ぎないか?そもそも浴衣なんて一着も持ってないし。
「あっ、でもあれか~。一郎って、これまで女の子と花火を観に行ったことないでしょ?だったら仕方ないか~。じゃあ、今日、わたしに教えてもらえてよかったじゃん!まっ、一郎には、わたし以外に花火大会に付き合ってくれるような女の子なんて、これからも現れないだろうけどね~」
佐那がやけに早口で煽ってくるぞ。なんでだ?
まあいつものことだけど。
あっ、そういえば思い出した。中学3年の時、衣里と一緒に花火大会を観に来たんだった。その時も衣里は浴衣で、僕はTシャツだった。別に何も言われなかったけど、もしかして、あれもだめだったのかな?
「な、なによ…‥?」
そのことを聞いてみようと思って僕が見つめると、佐那が急にドギマギし始めた。
……もしかしたら、この話はしない方がいいかもしれない。いや絶対にしない方がいい予感がする。
「ミャ~ン!!」
僕の思考は唐突な猫の鳴き声に遮られた。思わずあたりを見回したけど何もいなかった。
「どうしたの?」
「いや、聞き覚えのある猫の鳴き声が聞こえた気がして。野良猫かな?」
「ふ~ん、まあいいわ。もうすぐ花火大会だし、飲み物とかお菓子とか買って、早く河川敷に行こっ」
佐那は、カランコロンと下駄を鳴らしながらコンビニの中へ入って行った。
僕は、何か引っかかったけど、とりあえず佐那を追いかけてコンビニへ入った。




