閑話 リサの優雅な生活 ~神はサイコロを振らない~(1)
「ごめん。うちは給料の前借はやってないんだ」
「そうですよね……ごめんなさい。失礼しました」
ローザマリア王国の侯爵である私、リサ・ロッテンマイヤーは、バイト先であるニコニコドラッグの薄暗いバックヤードで、気弱そうな独身中年の店長に頭を下げ、フロアに戻る。
ローザマリア陛下が通っている空手道場の夏合宿費用を稼ごうと、一郎がせこせこ貯めていた煎餅缶貯金を少しの間借りて、お馬ちゃんに全額BETし、その全てを紙屑にしてしまってから早3日。
最後の望みであった給料の前借も断られてしまった。
合宿費用として少なくとも5万円は必要なのに、金策できる見込みが立たない……。
「リサ~。どうしたの?浮かない顔して……まだ競馬の負けを引きずってるの?」
フロアに出るなり、明るい笑顔で話しかけて来たのは清美さん。バイトの同僚であり、お馬ちゃんを愛する同好の士でもある。
「すみません。どうしても金策が必要な事情があって……」
こうなったら清美さんに借金をお願いしようかな……?
そう思って清美さんに期待の視線を送ったが、清美さんはそんな私の魂胆などお見通しだったようだ。機先を制して明るい笑顔のまま手を横に振った。
「ごめんね~。お金は貸せないのよ……あっ、でもリサ、1万円くらい持ってる?」
「はあ、さすがにそれくらいは……」
「じゃあ、それを千円札に崩しておいて。それで勤務時間が終わったらちょっと搬入口のところで待っててくれる?力になれると思うから……。あっ、は~い。すぐ行きま~す!」
清美さんはそう微笑むと、お客さんが待つレジの方へ走って行った。
◇
今日は早番だったので、午後5時に勤務終了。指定された搬入口で待っていると、物陰から「こっちよ」と言われ、袖を引かれた。
「……清美さん、どうしてそんなところに?どこへ行くつもりなんですか?」
しかし、彼女は何も答えず歩き出した。黙って付いて行くと、清美さんはドラッグストアの店内に戻り、女子更衣室に入っていった。
なんで?ここに戻るなら、わざわざいったん店外に出る必要ないんじゃ?
そう思いながら後に続くと、女子更衣室内の空気は、さっきまでの和やかな感じとは一変していた。
「清美さん、新入りってリサちゃんのこと?」
棘のある口調でぶっきらぼうに話しかけて来たのは、バイトの先輩の佳恵さん。普段は優しい笑顔の温厚なおばさまなのに、なぜか今は少しピリついている。
「まあまあ、佳恵さん。いいじゃない。ここは誰でも大歓迎だよ。秘密を守れるならね。ヒヒッ…」
不気味な忍び笑いをするのは、バイトリーダーの紀子さん。普段は頼りがいがあるお姉さまだけど、今は少し怖い雰囲気。
他にも更衣室には大学生バイトの詩音ちゃんと今日は非番の聡美さんがいた。
それにしてもすごい緊張感。誰もしゃべっていないのに、ザワ…ザワ…ってそんな擬音が聞こえる気がする。
「この会のルールは3つ。この会のことを口外してはならない。この会のことを誰にも口外してはならない!この会のことを絶対に誰にも口外にしてはならない!!守れるわね」
紀子さんの勢いに、私は黙ってうなずく。
「よしっ。じゃあ、さっそく始めようか。最初はあたしが親でいいかな?子は佳恵さんかな?」
紀子さんは、ロッカーから取り出したラーメン丼とサイコロを床に置き、その前に胡坐をかいた。他の面々は、紀子さんと向かい合う形で一直線に並び、それぞれ床に座った。
「……ちょっと、どういうことですか?何が始まるの?」
わけがわからず、隣の清美さんに小声で訪ねる。
「チンチロリンよ」
「チンチロリン……ってなんですか?」
「知らないの?サイコロを使う大人の女の遊びよ……ルール知らないなら、最初の1回は見学しておくといいわ」
清美さんの言葉に従い、場の様子を見ることにする。
おもむろに佳恵さんがサイコロを掴み、合わせた両手を頭上に上げて、その中でサイコロをカラカラと振ると、ラーメン丼の中に転がした。
「3、5、5…5の2ゾロか。まあまあね。ああやって子が振ったサイコロの役と、親の振ったサイコロの役を比べて、有利な役を出した方が勝ち。単純でしょ?」
「どんな役があるの?」
「まあ、色々あるけど、一番多いのが2ゾロ。3つのうち2つ揃ったサイコロの数字が役になるの。それで、その目が大きい方が強い感じ。他にも3ゾロとか、目が1、2、3となると子の負けとか、色々とあるけど、それは見ながら追い追い覚えるといいわ」
視線の先では、親の紀子さんがサイコロを振っていた。出た目は3、6、6。さっきの清美さんの説明によると、これは6の2ゾロ。佳恵さんは5の2ゾロだったから紀子さんの勝ちだ。
「お~しっ!じゃあ、お前ら金出しな」
佳恵さん、清美さん、詩音ちゃん、聡美ちゃんが、それぞれ千円札を1枚差し出し、紀子さんがそれを取り上げていく。
「ほれっ、リサも。千円札出しな。子が負けたら親以外は親に賭金を払うルールだ」
「えっ?それって賭博じゃない?賭博は違法なんじゃ……?」
私の言葉に、その場の全員がピタッと動きを止めた。また、ザワ…ザワ…という擬音が聞こえる気がする。
その時、清美さんが私の肩に手を置いた。その顔には満面の笑みをたたえている。
「大丈夫。み~んなやってることよ~。お金を稼ぎたいんでしょ?子が勝てば、親から賭金と同額が払われるし、親で勝てば子から賭金を総取りできるのよ」
そ、そうか……み~んなやってることなんだ。全然知らなかったけど。それに清美さんの言ってることも一理ある。私が陛下の合宿費を稼げるとしたら、この方法しかない!!
心の中でそんな言い訳をしたおかげだろうか?なんか吹っ切れた。
親、そして子は2回交替で替わっていく。
2、3回勝負を見ていると、なんとなく勝ち筋が見えて来た。子に勝つ勢いがありそうな時は厚く張り、子が負けそうな時には最低額にすればいい。そうすれば少しずつお金が増えていく。
これはいけるかもしれない!!お馬ちゃん以来のお金を増やす方法を見つけられたわ!!
心の中でそうほくそ笑んでいた私は気づかなかった。他の5人が、不気味な笑みを浮かべていたことを……。




