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第20話 いつから勘違いしていた?

 突如、バスの中に現れた刺客、マクシミリアン・フーシェ子爵。僕は、奇策を用いて彼をバスから追い出し、危うく難を逃れることに成功した。


 走り出したバスの中で座席に戻ろうとすると、どこからともなく拍手が湧き起った。「ありがとう」「助かったよ」という声も聞こえる。

 僕は照れて頭をへこへこ下げながら座席へ向かう。


 その途中で、やけに鋭い視線のおじさんと目が合った。その人は拍手をしていない。


 まあ、お気持ちわかります。あんだけ、正々堂々と決闘しようとか言っときながら、だまし討ちのドロップキックからの高速道路に置き去り、そのままとんずらですから。子どもの教育上悪いですよね……。


 僕はそそくさと席に戻ろうとした。席では、佐那がほとんど感極まって涙ぐみそうになりながら僕を待っていた。


 その顔を見て、ようやく一息つけそうに思ったその時だった。


「ぐわっ!!」


 突然背後から、丸太のように太く、毛むくじゃらな腕で首を絞め上げられた。


「おいっ、よくも弟をやってくれたな!!」


「???」


「油断したな!いつから刺客が一人だけだと思っていた?俺は、エミリアン・フーシェ子爵。マクシミリアンの兄だ。俺たちは二人で一人。俺は初日から合宿に潜んで情報を探っていたんだ」


「むごご~っ」


 まさか子爵が二人なんて!そんなの聞いてない、ずるい!卑怯だ!!と言おうとしたけど、首が締め上げられていて、声が出せない。辛うじて顎が引っかかっているから耐えられているけど、これを外されたら一気に締め落とされてしまう。


「おっと、締め落として楽にしてやるつもりはないぜ。このままお前の首の骨を折ってやる!お前がマクシミリアンを馬鹿にした罪は重いぞ!!それで、お前を殺した後、ゆっくりとローザマリア殿下を探してやる。いや、探すまでもない。このバスの中の女を皆殺しにした方が早いかな……クハハッ」


 まずい。そんなことをされたらマリアちゃんが、佐那も殺されてしまう。何とかしないと。だけどこの体勢からどうすれば……。


 必死に体をよじって逃れようとしたが、がっちりとホールドされていてびくともしない。もはや万事休すか……。


 脳裏にこれまでの人生のハイライトとBGMのサライが流れ始めた時だった。急にエミリアンの膝が、がくりと折れて、僕の首に巻きついた腕の力が少し緩んだ。


 今だ、今しかない!!その時、体が自然に動いた。

 

 渾身の力で肘をエミリアンの脇腹に叩きこんだ。手応えあり!

 これでエミリアンの腕が完全に外れた。


 すかさず向き直り、掌底。狙いはさっきまで僕の頭の上に置かれていた奴の顎!僕の掌底は顎を撃ち抜き、エミリアンはゆっくりと倒れ始め、どうっと音を立てて床に仰向けになった。


 追撃のためマウントポジションを取り、拳を振り上げたが、すぐにその手を下ろした。僕の下に組み敷かれたエミリアンは、既に白目を剥いて泡を吹いていた。


◇


 バスは次のサービスエリアに入り、そこで通報を聞いて駆け付けた警察官にエミリアンを引き渡した。

 高速道路上に取り残されたマクシミリアンも警察が確保したらしい。僕も警察から色々と事情を聞かれた。


 そこまでは平常心を保てていたつもりだった。

 だけど、警察に解放されると急に怖くなって膝がガクガク震え出した。とても立っていられず縁石の上にへたり込む。


 マクシミリアンは鉈を持っていた。僕の言葉に耳を貸さず、問答無用で斬りつけられていたらどうなっていたか……。

 エミリアンは本気で僕の首を折るつもりだった。あの時、奴が隙を見せて、あの一撃が入っていなかったらどうなっていただろう?


 紙一重だった。今ごろ死んでいてもおかしくなかった。

 そう考えると、寒気を感じて、体の震えを止めることができなくなった。


「よく頑張ったな」


 不意に僕の肩が柔らかくて、温かい何かに包まれた。


「し、師匠……」


 いつの間にリサが隣に座っていた。しかも僕の肩を抱いている。


「別のバスに乗せてもらって、ここまで来たんだ。何があったかも聞かせてもらった。すまん。油断していた。フーシェ兄弟は、タジオ公爵に新しく貴族に取り立てられた新興貴族。だから顔を知らなかったし、合宿に紛れ込んでいることにも気づけなかった。もっとも、向こうも陛下や私の顔を知らなかったようだが……」


「は、はい……それで助かりました」


「しかし、新興貴族とはいえ、子爵。この間のマロード男爵よりも爵位は上。倍は強かったはずだ。それなのによく一人で陛下をお守りした!ありがとう」


「い、いえ……偶然が重なっただけです……少し違ったらどうなっていたかと思うと、今でもこんなに震えて……」


 リサは何も言わず、僕の肩を抱いた手に力を込めた。


「大丈夫だ。二度にわたって陛下をお守りしたのだ。偶然なんてことはない。一郎は確実に成長している」


「ありがとうございます。これからも頑張ります」


 両肩に感じたリサの体はやけに暖かく、いつの間にか僕の震えも止まっていた。


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