第17話 この切なさはどこからくるのか?
8月、長野県の八ヶ岳近くで岡崎道場のキッズクラスの夏合宿が行われ、マリアちゃんとリサ、それから僕が参加した。
ただ、僕の立場は参加者ではなくスタッフ。雑用が仕事だ。バスや宿舎への案内、飲み物やおやつの買い出しに配布、それに迷子の捜索まで、やることが多くて息をつく暇もない。
しかも、この合宿では、普段から岡崎道場に通っている生徒だけじゃなく、近隣の同じ流派の道場からも参加者を受け入れている。生徒とその保護者を合わせると相当な数の参加者がいて、その中には知らない顔も多くて気疲れしてしまう。
なるほど……だから佐那は、最後は無理やり僕をスタッフに引き込もうとしたのか。奴隷のように働いてもらうという佐那の言葉も大げさじゃなかったな。
そんな大変な思いをしながらも、夏合宿の日程を順調に消化し、いよいよこの日のお昼で稽古は終わり。夕飯はBBQ。それから夜は合宿恒例の肝試し大会である。
「懐かしいよね~、この肝試し大会も、いつも一郎とペアだったもんね~」
隣に立つ佐那が、神社の暗闇という場所なのに、やけに楽しそうにしている。何を企んでるんだろう?
夏合宿恒例の肝試し大会では、子どもたちが二人ずつペアになって、暗い道を歩きゴール地点の神社まで行ってお賽銭を入れて帰ってくることになっている。
ただ、このご時世。子どもだけで往復させるのは危険なので、安全対策のため、途中のポイントポイントにスタッフや保護者が隠れて待機している。僕と佐那も、折り返し地点の神社の祠の陰に隠れて子どもたちを見守っているのだ。
「一郎って、肝試しの時、いつも何かに怯えてビクビクしてたよね。男のくせに暗闇が怖いなんて情けな~、弱虫~」
「あれは、暗闇じゃなくて、いつも暴力振るってくる佐那を怖がってただけで……」
「はあっ?」
佐那は、いかにも心外といった感じで眉を吊り上げた。それから僕を罵ろうとしたのか口を開いたので、慌ててその口を塞ぐ。
「もごごっ……」
「しっ、静かに……もうすぐ最初のペアが来るよ」
佐那は一瞬だけ体を固くして抵抗しようとしたけど、すぐに大人しくなった。しばしそのまま待っていると、徐々に小さな人影が見えてきた。やはりマリアちゃん……それから龍太くんか。
「もう大丈夫だって」
佐那が僕の手を外しながら、顔を寄せて小さく囁く。ふわっとシャンプーの甘い匂いがした。佐那らしくないな……。
「結構暗かったのによくわかったわね」
「ああ、なんとなく気配を感じて……」
「へぇ~。すごいね。義理だけど兄妹の絆みたいな?」
本当はマリアちゃんの気配ではなく、マリアちゃんを護衛するため、すぐ後ろに付けているリサの覇気を感じたのだ。しかもその覇気を感じているのは僕だけじゃないようだ。さっきまでうるさいくらいだった虫の音が聞こえなくなり、周囲は静寂に包まれた。
「マリア、怖くないか?怖いなら手をつないでやるぞ!」
神社の前で、龍太くんはマリアちゃんの返事を待たずに手をつないだ。僕の目には、龍太くんのが怯えてて、マリアちゃんはいつもと変わらず淡々と歩いているように見えるけど……。
「ちょっとちょっと、あの二人、いい感じじゃない?やっぱり幼馴染みっていいよね~」
「そうかな~。僕は幼馴染みなんかいたことないからよくわかんないけど……」
そう答えた瞬間、佐那が僕の横腹に強烈な肘打ちを叩きこんできた。
出た!呼吸をするペースでの理不尽暴力。これはずっと地元で暮らしているのに、幼馴染みの一人もいない寂しい僕を馬鹿にした一撃と解釈すればいいだろうか?
痛みに声をあげないよう耐えていると、マリアちゃんはすたすたと歩いて、賽銭箱の前に立ち、お金を入れて手を合わせ、「じゃ、帰ろっか?」と言って、そのまま元来た道を帰ろうとした。
「待ってよ!」
龍太くんに背中から呼びかけられ、マリアちゃんは足を止めた。
「あのさ……、マリアはチビで頼りなくて空手も弱くてさ……それなのに生意気だから、クラスでも浮いてて意地悪されてるじゃん……」
ムカッ!!なんでわざわざそんなディスるようなことを?
僕もイラっとしたけど、それ以上に頭にきた人がいるようだ。リサの覇気がさらに強くなった気がする。
「でも、俺が守ってやってもいいぜ!これからずっとお前を守ってやる!!」
龍太くんがそう言った瞬間、隣の佐那がバシバシと僕の肩を叩き始めた。
「きゃ~っ!!龍太すごい!あれ、告白だよ!!マリアちゃんに告白してるよ!!うわ~っ、我が弟ながらすごい勇気!」
「あ、そうなんだ……。へぇ~、龍太くんまだ小学2年生だよね。最近の子は早いな~」
素直に感心しながらも、マリアちゃんの次の言葉を、固唾を飲んで見守った。彼女はいったいどう答えるのだろう?
「……いらない」
「えっ?」
「わたしにはリサと一郎がいる。二人がわたしを守ってくれる。別に龍太くんが守ってくれなくて大丈夫」
マリアちゃんの言葉には何の感情もこもっていないように聞こえた。
「いや、違うって。家族として守るって意味じゃなくて、男として……」
「自分で自分を守れる。だから大丈夫」
それだけ言うと、マリアちゃんは呆然と立ち尽くした龍太くんを置いて、暗闇の中を帰って行った。
「龍太……姉よりも早くフラれるなんて……」
僕の隣の佐那もなぜか落ち込んでいた。




