第16話 どこへいった?
「またこれだけ~?」
「文句があるなら食べなくてもいいですよ!」
今日の晩御飯のメニューは、ご飯、わかめのみそ汁、プチトマト、ブロッコリー。それからたんぱく源として、魚肉ソーセージ1本とプロセスチーズ1個。
不満顔のリサには怒ったフリをしたけど、僕も気持ちは同じだ。
もっとましなものを食べたい!!
急にこんな清貧生活に入ったのは理由がある。
空手道場の合宿参加費用、僕とマリアちゃん、それにリサの分を合わせて8万円。僕が参加しないとしても5万円。
それを何とか捻出しないといけない。しかし、父親からの仕送りのみに依存する家計は毎月赤字ぎりぎり。しかも僕が通っている高校はアルバイト禁止で、他に収入を得る道もない。
だったら節約で捻出するしかない。だから、こうやって食費を極限まで削っているわけだ。
「あっ、師匠!ビールは1日1缶って約束ですよね!それは2缶目ですよ!」
「いや、さっき飲んでたのはバイト先で貰ってきた試供品だから、これが実質一本目……」
「関係ありません。その分、節約すればいいでしょ!」
今日で節約生活も1月を過ぎた。だんだんと平和なはずの食卓が殺伐とした雰囲気になりつつある。
◇
夜、煎餅の缶を空けて節約して貯めたお金を数えた。現金で貯金するのは非効率だけど、毎夜、こうやって数えることで何とかモチベーションを維持している。
「いくらぐらい貯まった?」
リサが後ろから覗き込んでくる。
「やっと3万円超えました……。でもあと5万円くらい。師匠もバイト増やしてもらってるのに申し訳ないです」
「じゃあこれ少ないけど……」
リサが財布から小銭を取り出して入れてくれた。これであと4万9750円……。
「すまないな。苦労をかけて」
「いえ、マリアちゃんの家臣として当然ですよ」
マリアちゃんは口には出さないけど、空手道場の合宿を楽しみにしていることは間違いない。今日なんか、教科書の地図帳の長野県のページをずっと見つめていた。
「しかし、このペースで大丈夫ですかね。先生には支払いを待ってもらっていますけど」
「う~ん……。私も頑張って金策してみるよ……」
リサと目を合わせてうなずき合った。この時、僕は、リサが僕と同じ目標に向かって頑張っていると信じていた。
◇
日曜日の夕方。僕はキッチンで夕飯の準備をしていた。
今日のメインは鶏のから揚げ、それから筑前煮。豪華なのには理由がある。
昨日、岡崎家で夕食をご馳走になった時、恥を忍んで残り物をいただいたのだ。
「え~っ!?わたしが作ったご飯、そんなに気にいったの~?そっかそっか~。え~っ?どうしよっかな~」
ニヤニヤと笑いながら意地悪そうな口調でもったいぶる、そんな佐那の軽蔑の視線を思い出すと今でも悔しくて仕方ない。だけどそんな屈辱に耐えてお願いした甲斐があった。
今日はひさびさに、家でまともな食事を出せる。
「そういえば、師匠遅いな……」
時計の針は午後7時を指そうとしていた。今日のリサはアルバイト休み。だけど朝早くからどこかに出かけてしまった。いったいどこで油を売ってるんだろう?
そう思っていると、玄関の鍵を開ける音がしてドスドスと足音を立てながらリサが入って来た。僕の「おかえりなさい」という声にも一切反応せず、そのままソファに倒れ込んだ。
「ちょっと、外から帰ったら手ぐらい洗ってくださいよ……」
しかしリサは立ち上がらず、ソファに顔を埋めて何かをもごもごとつぶやいている。
「聞こえませんよ。もう一度言ってください」
「やってしまった……。ごめん……」
「えっ?なんですか?」
「増やそうと思ったんだ。増してくれると思ったんだ。私が信じたお馬ちゃんだったら……」
僕はハッとして、棚の上の煎餅の缶を空けた……。
中には小銭が数枚残っているだけ。千円札も、五百円硬貨も、全部なくなっている。
「これ、競馬に使ったんですか?なんてことを……」
「ごめん……」
「もう終わりだ……」
僕は床にへたり込むしかできなかった。
◇
「……ごめんなさい合宿に行けなくなりました、待ってもらったのにすみません…‥っと」
どうすべきか数日考えたけど、名案は浮かばなかった。万策尽きた僕は、夏合宿に行けなくなったことを伝えるため、佐那にメッセを送った。
明日の朝、マリアちゃんが起きたら彼女にも伝えなきゃいけない。がっかりするだろうな、どうやって伝えよう……?
ソファに座ってため息をついていると、通話の着信があった。佐那だ!
こんなにすぐに、しかもメッセで送ったのに電話で帰ってくるなんて相当怒ってる?
「ちょっと!どういうこと?一緒に行くって言ったわよね」
やっぱり怒ってる。でも正直に事情を話して謝まるしかない。
「ごめんなさい。どうしても参加費の金策ができなくて……」
「ちょっと~、それって情けなくな~い?相変わらず一郎は甲斐性がないな~」
「すみません。キャンセル料が必要なら何とか工面しますから……」
「そんなこと言ってないでしょ!」
スピーカーにした電話の向こうで不機嫌そうなため息が聞こえ、その後、急に黙り込んだ。
怖い。申し訳ない…。電話を切りたかったけど、僕が悪いんだから耐えるしかない。
そう思って我慢していると、また佐那が不機嫌そうなため息をついた。
「……しょうがないわね。一郎がスタッフとして働いてくれるならタダでいいわよ。それでマリアちゃんの分はアルバイト代と相殺でいいわ」
「えっ?本当!ありがとう!!」
「……べ、別にあんたのためじゃないんだからね。マリアちゃんのためだから。あんたのせいで合宿に参加できなかったら、マリアちゃんがかわいそうでしょ!!でも、ちゃんと働いてもらうからね。奴隷のようにこき使ってやるからね」
佐那の奴隷?いったい何をさせるつもりだ?怖いな…。
でも背に腹は代えられないし……。一瞬、逡巡していると、勢いよく玄関の扉が開く音がした。
「一郎!喜べ!お金ができたぞ!!」
師匠が千円札の束を、扇のように広げながらリビングに飛び込んで来た。
「そのお金……いったいどうしたんですか?まさか犯罪?」
「違うわ!……違わないのか?いや、あのバイト先の同僚が……え~っと、まあ……カンパみたいな?いずれにしても、5万円あるから、これで夏合宿に行けるわね。私と陛下の分には十分でしょ?」
確かに……5万円だと、マリアちゃんと大人一人分にしかならないから、僕は留守番になっちゃうだろうけど……。
「ちょっと、聞いてる?」
スマホのスピーカーからイラついた佐那の声が聞こえた。しまった。ほったらかしにしてしまった。
「ごめん。いろいろ手配してくれてありがとう。でも、リサ師匠が何とか金策してくれたみたい。リサ師匠とマリアちゃんの二人だけだけど、参加できることになったから」
これで佐那や岡崎先生にも迷惑をかけなくて済む。僕も奴隷にならなくて済むはずだ。すべて丸く収まった。そう思っていたのだが、なぜか急に佐那が怒り出した。
「ちょっと!!そんなのダメ!絶対に許さない!一郎はスタッフとして来て!!」」
「いや、待って。ちゃんと参加費を払って、マリアちゃんとリサ師匠が参加するって話になったわけで……」
「ダメ!一郎が来ないなんて許さない!一郎が来ないなら、マリアちゃんも参加させないから!」
「え~っ?さっきまでマリアちゃんがかわいそうって言ってたのに~」
急に情緒不安定になって変なことを言い出した佐那に当惑しながらも、なんとかマリアちゃん、僕、そしてリサ師匠は夏合宿に参加できることになった。




