第14話 コンプライアンスって知ってます?
「じゃあ、フルコンタクトルールの三本勝負。相手の打撃で膝や尻を地面に着けたり、場外に逃げた時は一本みなすから。あと、ハンデとして一郎は、わたしから一本でも取れたら勝ちでいいわよ」
道場の中央で佐那と向かい合う。
周囲にはリサとマリアちゃん、それから帰りそびれたキッズたち。しかも本来ならこんな無謀な勝負は止めるべき立場の岡崎先生も、温和な表情で腕組みしながら僕たちを見守っている。
「それじゃ行くわよ!」
言い終わるか終わらないかのうちに、佐那は素早くダッシュし僕と距離を詰めた。
「オラオラオラオラ~」
物凄いスピードで左右の中段蹴りを繰り出す。その勢いと佐那の気迫に圧倒され、思わず後ろに下がる。
その瞬間、ピタリと佐那が蹴りを止めた。
見ると僕の右足が場外に出ている。これで一本取られたことになる。
―二本目-
先ほどと同じ轍を踏まないよう、佐那の蹴りに下がらないよう踏みとどまる。
僕は中学以降ぐんぐん背が伸びたから、今の佐那は、僕よりも頭一つ以上小さい。体重も20㎏以上軽いはずだ。
これだけ体格差があれば、いかに蹴りが鋭いとしても、頭さえ守れば一撃でダウンさせられることはない。距離を詰めて佐那得意の蹴りを出せないようにすれば、僕にも勝機があるはずだ。
「オラオラッ、グッ、グッ……」
展開は僕の作戦通り進んだ。さっきとはうって変わって中段蹴りにひるまず前に出ると、意表をつくことができたのか、うまく佐那の間合いを潰すことができた。
よしっ、ここで中段突きを入れれば、軽い佐那を勢いで場外に押し出すことができるはずだ。
「ウリィッ~!」
しかし僕が繰り出した中段突きは、途中で勢いを失い、ペチャッと音がする感じで佐那の肩のあたりに触れただけだった。
「甘い。軽すぎるんだよ!オラオラオラオラ~!!」
佐那の前蹴りが僕のみぞおちにヒットし、思わず尻餅をついてしまった。
これで二本目を取られた。残りはあと一本か。
さすがに厳しいか……。僕がうなだれると、突然、道着の襟首を掴まれた。
「一郎、何をしている?」
「師匠……」
「相手は空手の腕前では上かもしれないが、体格とパワーでは圧倒的に一郎の方が上だぞ。さっきの情けないパンチはなんだ?あそこで、あの生意気な小娘の顔面に一発叩きこめば勝負は着いていたはずだぞ」
「この流派では顔面パンチは禁止です。顔面パンチはともかくとして、力で押すことは僕も考えてました。だけど、いざとなると女性を殴ることがためらわれて、つい力が緩んじゃって」
「情けない奴だな。向こうから売られた喧嘩なんだぞ。でもしょうがない。じゃあ作戦を授けてやる」
リサが僕と肩を組み、耳元で作戦を囁いた。
「正気ですか?そんなこと……」
「お前はローデシアの貴族なんだぞ、負けることは許さん。負けて帰ってきたら家に入れないからな。それが嫌なら黙ってやってこい」
それだけ言うとリサはドンッと僕の背中を押した。家に入れないって、あそこは僕の家なんだけど……。
「新しいママに怒られてたの~?美人のママの前で情けないところ見せたくないならもうちょっと頑張ったら~」
佐那がまたニヤつきながら煽ってきた。その憎らしい顔を見た瞬間、僕の覚悟が固まった。
「いくわよ!オラオラオラ~」
三本目も、佐那は素早く蹴りを繰り出してきた。僕はそれに構わず前に出る。
佐那は、二本目で僕が強い突きを繰り出せないことを見切ったのだろうか?僕が前に出てもそれを躱そうとせず、そのまま受け止める態勢になった。
僕が突きを繰り出す。でも二本目とは違う。今度は拳を開いた掌底の構えだ。そして狙いもさっきより低い。
ぽにょん。
「ふぇっ?」
僕の右の掌底は佐那の道着の道場名が刺繍されているあたり、つまり左胸の辺りに優しく触れた。その瞬間に佐那の動きが一瞬止まった。周囲の観衆も声を失って静寂に包まれた。
「えぐり込むように、撃つべ~し!撃つべ~し!!」
リサの声が道場に響く。それに背中を押されるように僕は左右の掌底を繰り出す。相変わらず力は込めない。だけど狙いは正確に、ピンポイントに佐那の胸の辺りに……。
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇ~、や、やめて、やめてよ~」
佐那がさっきとはうって変わった情けない声をあげた。しかし、僕は止めるつもりはない。師匠の指示通り、機械に徹して淡々と女子の弱点をえぐり込むように狙うのみだ。
「ふぇっ!!ふぇ~ん。もうっ!一郎のばか~!!」
遂に佐那は胸を押さえて、自ら畳に膝をつけた。
「佐那先生の負けだ!」「あんなのありか?」「あの兄ちゃん、鬼畜だぞ……」
周囲の小学生からの声に、僕ははっと我に返った。
勝った?いや、これ勝てたのか?
目の前にうずくまる佐那を見ると、涙目になりながら、まるで凌辱された女騎士のように僕を睨みつけている。
「許さない……。絶対に許さないんだから……」
うわ~っ!そうだよね~。令和のこのコンプライアンスがうるさいこのご時世に、こんな昭和のお色気アニメみたいなセクハラ戦法許されるわけないし。
これって訴訟沙汰になったりしない?下手したら逮捕されちゃわない?
ちょっと、師匠~!なんて作戦吹き込んでくれたんですか~。
もう誠心誠意の土下座しかない。そう思って僕が畳に膝をつけた時だった。
「許して欲しかったら。ちゃんと責任取ってよね。またこの道場に戻って来て一緒に空手をやって!そうしないと許してあげないんだから!!」
えっ?そんなんでいいの?それで訴訟沙汰とか刑務所送りとかにならないで済むの?
膝をついたまま呆然としていると、いつの間にかマリアちゃんが僕の横に立っていた。
「わたしと一郎、二人で道場に入る。月謝はリサが払う。よろしくね」
「うぐぐっ。さぼったり、また辞めたりしたら許さないからね~」
恨みがましい佐那の視線が怖すぎて、思わず目を逸らすと岡崎先生の姿が目に入った。岡崎先生は何を考えていたのだろうか?腕を組んだまま、ただ目を細めていた。




