第11話 何を作るつもりなのか?
マリアちゃんを狙う刺客が現れたことをきっかけに、リサからローデシア王国の内紛について告白された日から2週間。僕をとりまく環境は、以前と変わったことと変わらなかったところがある。
「おっ、もう3時じゃ~ん。お馬ちゃんの時間だ~」
ビール片手にソファに寝ころびながら、テレビで競馬中継を見るリサ。
これは以前とまったく変わらない日曜日の午後の風景だ。いや、ちょっと待て!いつから競馬を始めた?
「ちょっと、どいてください。これからソファを掃除するんですから」
「ちょっとくらい、いいじゃ~ん!ごろごろ~、ごろごろ~。あ~あ、かわいいお馬ちゃんが私にお金運んできてくれないかな~。あっ、清美さんに馬券お願いしとかないと!」
僕の冷たい視線にもまったく動じることなくスマホをいじるリサ。そろそろ言っておかないといけない。
「いいかげん、そんな自堕落な生活を何とかしてください!師匠として、僕が立派な貴族になれるように指導してくれるんじゃなかったんですか?」
「あ~、また今度ね。たまの休みくらいゆっくりさせてよ~」
「たまの休みって、師匠のバイトは週4だから、週休3日じゃないですか」
「大人はいろいろあるの。ごろごろ~、ごろごろ~」
頑としてソファから動かないリサ。
実は、前回の刺客に苦戦した教訓から、リサに僕が強くなってマリアちゃんを守れるよう指導して欲しいとお願いしている。
リサの話によれば、ローデシア王国の貴族の階級は実力主義。原則として、家柄に関係なく戦闘力に見合った爵位が与えられるのだとか。つまり、戦闘力は、爵位の順、男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵の順に強くなっていくらしい。
この前に現れた刺客、マロードは自分のことを男爵と名乗っていた。ということは、貴族の中で最弱ということになる。あれで最弱ならもっと爵位の高い刺客が現れたらどうなるんだろう?
「マリアちゃんを守るためには強くならなければいけないんです。お願いします」
僕が頭を下げると、やっとリサは体を起こし、こっちを向いてくれた。
「よし、わかった。じゃあこれから修行のメニューを伝える」
「はいっ!」
「晩御飯に何か美味しい物作って。以上」
そう言うとリサは、またソファにだらしなく体を預け、競馬中継に見入った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!僕は修行をお願いしたんですよ。なんで晩御飯なんですか?」
「うるさいな~。『ベスト・キッド』見たことないの?武道の師匠が弟子に色々雑用を言い付けて、弟子は不満を言うんだけど、実は師匠が言い付けていた雑用が、武道の型を体得するために必要な修行だったって……。まあそんな感じなわけよ」
「何が『そんな感じなわけ』なんですか!?そもそも僕がいつもと同じようにカレーを作っても、別に武道の型なんか体得できませんよ!!」
「え~っ、今日カレーなの?ちょっと飽きてきたな~」
お尻を掻きながら勝手なことを言うリサの姿を見て、いよいよ我慢の限界が来そうになった頃、マリアちゃんが音もなく近づいて来た。
「久しぶりにリサの料理が食べたいな」
「えっ?できるんですか?」
リサが腕を枕に寝ころびながらギロリと睨んでくる。
「うん。おいしいよ。リサのおうちで代々受け継いでる伝統料理があるんだよ」
「ああ、グラン・ドゥ・ロッテンマイヤーですね。陛下がそうおっしゃるなら……」
リサがむくりと起き上がり、台所へ向かい、それから勝手に冷蔵庫を開けて頭を突っ込んだ。
「……まあ、いくつか材料を買い足せばできるかな。一郎、買ってきてくれない?」
「はい。わかりました。何を買って来てくればいいんですか?」
「ええっと、まずはジョロキア……」
「それって、世界一辛い唐辛子ですよね!!小さい子どもが食べるんですよ!止めてください」
「しょうがないな……あと、テトロドトキシン」
「??なんですかそれ?」
「日本では売ってないの?じゃあフグの肝から取り出せるから、それを……」
「猛毒じゃないですか!!」
「まあ、確かに毒だけど隠し味にちょうどいいんだ。そういえば日本でも珍味として食べられてて、美味のあまり食べ過ぎた歌舞伎の人間国宝が亡くなっちゃったことがあったって聞いたけど……」
「だめです!違法です!安全第一でお願いします!!」
「しょうがないな~」
一気に不安になってきた。変な物を入れないように見張っておこう。僕はリサの横に立ち、厳重に監視することにした。
「おっ、師匠の技を見て盗もうってこと?いい了見じゃん」
少し機嫌が良くなったリサがまた板の上で鶏肉を大きめに切り、それから玉ねぎに手を伸ばした。
「ちょっと待った~!!」
「えっ?なに?どしたの急に大声出して」
「鶏肉を切ったまな板で野菜を切ろうとしないでください!!」
「うるさいな~。死にはしないって……」
「カンピロバクターに感染して、ギランバレー症候群になります!!下手したら死にますよ!」
「はいはい、もう細かいな~。じゃあ一郎がまな板洗ってよ」
このままだと僕とマリアちゃんの身が危ない。僕は素直に従ってまな板を洗ったり、シンクを消毒したりして、積極的に手伝うことにした。
あれっ、この感じなんか懐かしい。なぜか少しほんわかしてきた。
「どうしたの?にやついて」
「いや、師匠が料理してる様子を見てると、お母さんのことを思い出しちゃって……」
「はっ?私、まだそんな年じゃないんですけど」
リサが鋭い視線を向けて来たので、慌てて訂正する。
「いえ、年齢とかそういうことじゃなくて……。僕のお母さんはお嬢さん育ちで、家事が苦手でやらかすことが多かったから、僕とか姉が色々と助けてあげたなって……」
「いや、そっちの方が失礼だからな!いったい私が何をやらかしたって言うのよ!」
そんなこんな言いながら、無事(?)にリサの料理が完成した。
「さあ、陛下。お召し上がりください。いくつか材料が足りませんでしたが、何とかグラン・ドゥ・ロッテンマイヤーの形になりました」
「ありがと~。いただきま~す。おいしい~」
顔をほころばせるマリアちゃんの様子を見ながら、僕もリサが作った料理を口に運ぶ。確かにこれはおいしい。だけどこれ……。
「どうだ一郎?このグラン・ドゥ・ロッテンマイヤーは、私の祖父が外交官として駐在していた国で、海軍士官だった友人に教わった料理にインスピレーションを受けて開発した由緒ある料理なんだ」
なるほど。うん、これほぼカレーだな。だけど余計なことは言うまい。安全でおいしければそれに越したことはない。だまって笑顔でうなずいておこう。
「私が近くで見せてあげたから、一郎も作り方わかったよね。こうやって師匠から弟子へノウハウが伝承されるのよ。技は教えてもらうものじゃない、盗むものなのよ。私が言いたかったこと、わかった?」
「はい、師匠……」
僕はカレーらしき料理を口に運びながらうなずいた。
だけど、ちょっと釈然としない。教えてもらいたかったのは、強くなる方法であって、カレーの作り方じゃなかったんだけど……。




