第10話 何でそんなこと言うんですか?
マロードが警察に逮捕された後、頭を殴られ出血していた僕は夜間病院へ連れていかれた。
額の切り傷を3針縫ったり、頭部の検査をしたりで、結構時間がかかったけど、その間、リサとマリアちゃんは待合席でずっと待っていてくれた。
「一郎、よくやったわね」
「はい……あの変態に逃げられなくてよかったです」
「そっちじゃない!褒めたのは、私が来るまで時間を稼いだこと。むしろ最後にマロードにしがみついで大けが負ったのは余計だったよ。逃がしてまた来ても、返り討ちにしてやれば済む話なのに」
リサは眉間に皺を寄せて仏頂面をしていた。だけどその目には心から僕の身を心配している色が見える。
「すみません。しかし、よく僕たちがあそこにいるのがわかりましたね」
「清美さんと二人でたまたま多摩川沿いを歩いてたんだけど、その途中で急に一郎から電話があって、しかも不審な音がしてすぐに通話が切れたから何かあるとピンと来てね。GPSを追跡したらあそこに辿り着いたというわけ」
「なんだ……じゃあ僕が飛び出して防犯ブザーを鳴らして気を引く必要なんかなかったですね。あのまま大人しく師匠を待ってればよかった」
「いや、近くまでは辿り着いたけど、暗くてどこにいるかわからなくてさ。でも、あの音で場所がわかったんだ。よくやった、一郎」
リサは、僕の頭の上に手を置いた。少し頭の傷に染みたけど、リサの手は温かかった。
「あの……さっきの人は何者なんですか?ローデシア王国の男爵を名乗って、マリアちゃんを迎えに来たって言ってましたけど、だったら、なんで襲われなきゃいけないんですか?」
「……さあ~?暖かくなってきたから、ああいう変態が現れてもおかしくないんじゃないかな~?」
リサがわざとらしく視線を逸らし、天井の方を向きながら口笛を吹き出した。そんなリサのドレスの裾をマリアちゃんが引っ張った。
「リサ、一郎にもちゃんと説明してあげて…」
リサは、「しかし…」と言いかけてから、マリアちゃんを見て、それから意を決したかのように口を開いた。
「あれは……ローザマリア陛下の命を狙う刺客よ…」
「刺客?マリアちゃんは国王なんでしょ?どうして男爵がマリアちゃんの命を狙うんですか?」
「……ここからは長くなるから座って話そうか…」
病院の青く光る蛍光灯の下、待合室にある長椅子に座りながらリサが話してくれた内容をまとめると、こんな感じだ。
ローデシア王国は山間にある隠れ里のような小国で、少し前までは、マリアちゃんのお父さんである国王を中心に政情が安定していた。
しかし、約半年前に、宰相でもあったタジオ公爵が突如反乱を起こした。短い内戦の後、反乱軍の勝利に終わり、国内の王族と王族派貴族が全員捕らえられた。
その後の粛清により王族は全滅したと思われたが、ただ一人、日本に留学していたマリアちゃんは難を逃れ、自動的に王位を継承することになった。
マリアちゃんの存在は、ローデシア王国の実権を握ったタジオ公爵派にとっては目の上のたんこぶ。
あの手この手で帰国をさせようとしていたが、なかなか応じないことから、遂には刺客を送り込んで暗殺を謀った……。
「どうしてこれまで黙ってたんですか?」
「他国の、しかも一介の高校生に過ぎない一郎を、わが国の内紛に巻き込むわけにはいかない。でも、今回は巻き込んでしまったようね。すまない。これ以上迷惑をかけないように、なるべく早く引っ越し先を見つけて出て行くから……」
神妙な顔のリサ。その向こう側に座るマリアちゃんは、うつむいたまま何も言わない。だけど目の端に何かが光った。
「関係ないって、なに言ってるんですか!忘れたんですか?僕も…準男爵ですが、ローデシア王国の貴族なんですよ。マリアちゃんを守るのが僕の使命です!」
「いいの?命すら狙われるかもしれないんだよ」
リサが目を見開いて僕の方をじっと見つめた。まるで僕の覚悟を量っているようだ。僕は負けないように力強くうなずく。
「もちろんです」
「あの家で、いつまでも一緒に暮らしてもいいの?」
「もちろんですよ!狭いですけど自分の家だと思ってくつろいでください」
「ビールとか、冷蔵庫の食料品とかも食べていい?」
「もちろんですよ!遠慮しないでください」
「食費も入れなくて大丈夫?」
「もちろんです」
「やった~!!とうとう言質取ったぞ~!!」
リサが両手を天に向かって突き上げ、立ち上がった。
あれっ?どさくさに紛れて余計なことまで約束しちゃったかな?
しかし、リサはもう喜びを爆発させてはしゃぎ回って病院の受付の人に注意までされてる。とても「やっぱり食費くらいは入れてください」なんて訂正できそうな雰囲気じゃない。
あ~あ……。今月どうやって乗り切ろう……。
ガックリしていると、いつの間にかマリアちゃんが僕の前に立っていた。涙は流していなかったけど、まだ目は赤い。
「ありがとう、一郎……もう君は立派な貴族だよ」
そう言って僕の額に祝福のキスをしてくれた。




