近づく距離、すれ違う想い
「ついに今日からテストか」
学生の使命である学業。とはいえ、“テスト”という言葉を聞くだけで気が重くなる。
「そうだね。自信ないの?」
「ないわけじゃないけど、問題を見るまでは不安だな」
「そうだね。勉強したところが出るかどうかって不安だよね」
「だろ?今回ヤマ張ってるから、かなり怖いんだよ」
ほとんど勉強していなかった俺は、前日に一か八かのヤマを張って対策しただけだ。
「ダメじゃない。ちゃんと全体的にやらないと」
「って言われても、そんな簡単にできることじゃないだろ」
「それはそうだけど、一通りやっておけばそれなりに点は取れるはずだよ」
「……そうだな」
それができれば苦労はしないんだけどな。
「そういえば、可織ちゃんは?」
「もう学校に行ってる。早めに行って勉強するってさ」
「真面目だね」
「昔からああだからな」
「何事も真面目なのはいいことじゃない?」
「まあな……」
言い返すのも面倒になり、俺は話を切り上げた。
「……テスト、頑張るか」
「うん、そうだね」
「おはよ〜」
直美と登校していると、後ろから麻衣子が駆け寄ってきた。
「おはよう、麻衣子。テスト大丈夫そうか?」
「どうだろう。やってみないと分からないや」
「まあ、そうだよな」
「おはよう、麻衣子」
「おはよう、直美。テスト頑張ろうね」
「うん」
三人並んで歩く。
いつも通りの朝――のはずなのに、どこか少しだけ空気が違った。
「今日は結構厳しかったかも」
「私も。もしかしたら赤点かも……」
テスト初日が終わり、帰り道で麻衣子と話していた。
「赤点だけは避けたかったけど、あとは神頼みだな」
「ほんとそれ……。そういえば、直美は?」
「学校で勉強してから帰るって」
「真面目だねぇ」
「真面目すぎるくらいだけどな」
「幼稚園のころから知ってるんだよね?」
「そう」
「昔からあんな感じ?」
「基本真面目で、あと負けず嫌い」
「へぇ、意外」
「テストで負けたら、次は勝てるように猛勉強してくるし」
「なんか、想像出来るかも」
挑まれるこっちとしては、笑い事で済まないんだけど……。
「料理も練習してるって言ってたよね?」
「ああ。たぶん家庭的なタイプだと思う」
「食べたことあるの?」
「いや、ほとんど食べたことない」
「え、意外」
「家に行くことがあんまりないからな」
「じゃあ、いつも光司君の家?」
「まあな」
「一緒にテスト勉強することあるの?」
「ああ。でも、今回は一人でやった」
「そっか……」
――ほんの一瞬、間が空く。
「なあ、麻衣子。今日暇か?」
「勉強しないといけないから、暇じゃないよ」
「予定はそれだけだろ?」
「まあ、そうだけど」
「じゃあ、一緒にやるか?」
「え?」
「教え合い+監視」
「いいね。どっちの家?」
「普通に考えて、俺の家だな」
「うん、それがいい」
即答だった。
「じゃあ一時半に迎えに行く」
「分かった。楽しみだな」
――やけに嬉しそうだな。
⸻
「お邪魔します」
「どうぞ」
部屋に入ると、麻衣子がきょろきょろ見回す。
「嬉しそうだな」
「男の人の部屋、初めてだから」
「そんな嬉しいものか?」
「少なくとも、私はね」
軽く笑う。
「物いっぱいあるね」
「漫画とCDばっかだけどな」
「面白そうな漫画あったら借りていい?」
「いいけど、テスト終わってからな」
「なんで?」
「今貸したら、勉強しないだろ」
「……それは、そうかも」
少しだけ照れた顔。
「テスト終わったら貸す」
「うん、ありがとう」
「さて、やるか」
「そうだね」
――静かな時間。
ページをめくる音だけが響く。
「ただいまー」
可織の声。
「ちょっと行ってくる」
「うん」
部屋を出ると、すぐに呼び止められる。
「誰?」
「麻衣子。勉強しに来てる」
「……そう」
一瞬だけ、間。
「ちゃんと勉強しろよ」
「分かってる」
――何か引っかかる顔。
でも、それ以上は聞かなかった。
⸻
夕方。
「こんなもんか」
「疲れた……」
「送ろうか?」
「いいの?」
「息抜きついでだ」
帰り道。
「楽しかった」
「勉強だろ」
「それも含めて」
軽く笑う。
――なんだろうな。
直美といる時とはまた違うこの空気。
でも、居心地は悪くない。
⸻
夜。
『コンビニ行かない?』
少し考えて、返信する。
『OK。10時に迎えに行く』
時計は九時前。
「少しだけやるか」
そう呟き、俺は机に向かった。
――そして、夜の約束へ。
⸻
「お待たせ」
夜十時。約束通り、俺は麻衣子を迎えに来ていた。
「一日に二回も迎えに来るとは思わなかったな」
「夜の勉強には夜食が必要でしょ?」
並んで歩く。
昼とは違う、少し静かな距離。
「あれから勉強した?」
「ほとんどしてない」
「俺も」
夜の静けさの中、他愛もない会話が続く。
⸻
帰り道。
少しひんやりした夜風が頬に当たった。
学校のこと、テストのこと、どうでもいい話。
でも、不思議と時間が早く感じる。
「はい、到着」
マンションの前で立ち止まる。
「もう着いちゃったの?」
「そんなに残念か?」
「……ちょっとだけ」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
「じゃあ、テスト勉強しろよ」
「光司君もね」
「ああ」
「……バイバイ」
背を向けて歩き出す。
――なんでだろうな。
少しだけ、名残惜しい。
⸻
帰宅。
「どこ行ってたの?」
「コンビニ」
「それにしては遅くない?」
「そんなもんだろ」
「T&Mならもっと早く帰ってこれるよね?」
「M&K行ってたんだよ」
「なんでわざわざそっち?」
「麻衣子と一緒だったから」
「……え?」
一瞬、空気が止まる。
「向こうのほうが近いだろ?」
「……そ、そうだね」
明らかに様子がおかしい。
「じゃ、俺勉強するわ」
「う、うん……」
部屋に戻りかけて、ふと気づく。
「……あ、携帯下に置いてきた」
取りに戻って部屋に戻るとき。
「……調べたいの」
小さな声で呟く可織の声が、扉越しに聞こえた。
(何やってんだあいつ……)
「やっとテスト終わったね」
「ああ。あとは結果待ちだな」
無事に中間テストが終わり、俺と麻衣子は二人で下校していた。
「そういえば、直美は?」
「なんか用事があるから、先に帰っててって言われた」
「そっか。……ねえ、テストも終わったし、寄り道しない?」
「いいな。どこ行く?」
「うーん……ゲーセンでも行かない?」
「いいな、それ」
――その頃。
俺たちが気づかないところで、可織と七海ちゃんが後をつけていた。
「七海、どう思う?」
「どうって……その前に、こんなことしていいの?」
「いいの。もしかしたら大変なことかもしれないんだから」
「可織にとってはそうかもしれないけど、二人が幸せならそれでいいんじゃない?」
「それは……そうだけど」
「ただ、直美さんが最近元気ないのが心配で……」
「ありがとう、可織ちゃん」
突然後ろから声がした。
「わっ!直美さん!」
「坂本先輩……こんにちは」
「二人して何してるのかと思ったら、光ちゃんたちの尾行?」
「い、いえ、そんなことは……」
「大丈夫だよ。光ちゃんは人を見る目あるんだから」
「それに、私と光ちゃんは幼馴染以上の関係じゃないしね」
「……」
「光ちゃんが誰と仲良くしても、私が口出しすることじゃないでしょ?」
「……はい」
「気持ちは分かるけど、もう少し見守ってあげた方がいいよ」
「……でも」
「大丈夫。二人、付き合ってるわけじゃないから」
「え?」
「光ちゃんって、優しいでしょ?」
「はい……」
「だから、自然と人が集まるだけ」
「それに――光ちゃんの人生は、光ちゃんが決めるものだよ」
「……そうですね」
「だから尾行はダメ。いくら兄妹と言っても、プライバシーって大事だからね」
「はい……」
「じゃあ、帰ろ」
「はい」
その頃の俺たちは――
「今日は全然ダメだったな」
「うん……」
ゲーセンの帰り道。
UFOキャッチャーに2000円つぎ込んだが、何も取れず。
「ごめんな、何も取れなくて」
「私こそ止めなかったし……ごめんね」
「いや、止めても俺はやってたよ」
「え?」
「意地になってたからな。だから麻衣子は悪くない」
「……ありがとう」
「ほら、着いたぞ」
「いつも送ってくれてありがとう」
「帰り道ついでだし、気にすんな」
「……うん」
「そうだ。これ前に言ってた漫画とCD。返すのはいつでもいいから」
「ほんと?ありがとう!」
「じゃあ、また明日」
「うん。バイバイ」
麻衣子との距離は、少しずつ近づいていく。
その一方で――
気づかないうちに、誰かの想いとはすれ違い始めていた。




