謎の転校生と揺れる距離
「金曜日のリムジン、転校生の可能性が高いらしい」
登校中、信夫から聞いた話を二人に伝える。
「へぇ……」
「でもさ、なんで二回来てるんだろ?」
可織の疑問はもっともだ。
「それは本人に聞くしかないな。本当に転校生なら、だけど」
そう言ったところで――
「おーい光司!」
校門の先から信夫が駆けてくる。
「どうした?」
「確定っぽいぞ」
「何が?」
「転校生。しかも――」
一拍置いて、
「お前のクラスだ」
「は?」
思わず声が裏返る。
「マジで?」
「ああ。詳しいことは分かんねえけどな」
隣で直美が小さく息を呑む。
「……私たちのクラスに?」
「まだ決まったわけじゃないだろ」
そう言いつつも、ほぼ確定だろう。
「でもさ、なんで公立なんだろ」
直美がぽつりと呟く。
「それも、本人に聞くしかないな」
――そのとき。
キーンコーンカーンコーン
「予鈴だな。じゃ、あとでな」
信夫と別れ、教室へ向かう。
⸻
ホームルーム。
教室の空気が、どこか落ち着かない。
全員が同じことを考えている。
――来るのか?
ガラッ
担任が入ってきた。
「起立」
いつもの号令。
……だが、違う。
教室の前に、もう一人。
「今日は転校生が来ている。入っていいぞ」
その一言で、空気が止まった。
視線が一斉に扉へ向く。
ガラガラ――
入ってきたのは。
「……普通、だな」
思わず心の中で呟く。
派手でもない。
どこにでもいそうな女子。
――少なくとも、“リムジン”とは結びつかない。
「自己紹介を」
「はい」
一歩前に出て、
「高木麻衣子です。転校してきたばかりで分からないことも多いですが、よろしくお願いします」
明るい声。
不思議とよく通る。
「席は窓側の一番後ろだ」
「はい」
そのとき初めて気づいた。
――俺の、後ろ。
席に座る瞬間。
「よろしくね」
小さな声。
「……よろしく」
⸻
ホームルーム終了と同時に――
「ねえねえ!どこから来たの!?」
恒例の質問攻め。
その中で、誰かが言った。
「金曜日のリムジンって、高木さん?」
一瞬、ざわつく教室。
全員が答えを待つ。
そして――
「え?」
きょとんとした顔。
「リムジン?」
次の言葉で、空気が変わった。
「そんなのないよ。私、こっちでは一人暮らしだし」
「……は?」
誰かの声が漏れる。
「それに、金曜日は学校に来てないよ?」
――じゃあ、あれは何だ?
教室の空気が、一気にざわめく。
だが。
キーンコーンカーンコーン
「席着けー」
先生の声で、強制終了。
⸻
授業中。
前を向いたまま、小声で聞く。
「どこ住んでるの?」
「桜マンション」
「商店街のとこか?」
「そうそう」
やっぱり、普通だ。
少なくとも――
リムジンとは無関係に見える。
「ねえ」
不意に、今度は向こうから。
「日曜日、空いてる?」
「え?」
「まだこの辺分からないから、案内してほしいんだけど」
予想外すぎて、一瞬固まる。
「……俺でいいのか?」
「うん」
「そういうのって普通同性に頼むものじゃないのか?」
「私、そういうの気にしないし」
あっさりとした返答。
「じゃあ、いいけど」
「ほんと?ありがとう」
連絡先を交換する。
そのとき――
ふと、視線を感じた。
隣。
直美がこちらを見ていた。
目が合った瞬間――
すっと前を向く。
何事もなかったかのように。
でも。
さっきより、少しだけ――
空気が違った気がした。
⸻
「光ちゃん」
昼休み、いつものように直美に呼ばれた。
「なんだ?直美」
「今日、寝坊しちゃったから……パン買いに行かないといけないんだけど……」
そういえば今日は珍しく直美が寝坊していた。年に一度あるかどうかというレベルだから、正直かなり驚いた。
「ああ、じゃあ一緒に行こうか?」
「でも、屋上の席取りは?」
「大丈夫。ちゃんと任せてある」
「ならいいんだけど……」
「じゃ、早く行こうぜ。パン無くなるぞ」
「うん」
俺たちは購買へ向かった。
歩きながら、ふと思ったことを口にする。
「それにしても、直美が寝坊なんて珍しいな」
「だって、時計の電池が切れて止まってたの」
なぜか少し不機嫌そうに返される。いや、責めてるわけじゃないんだけどな。
「いい加減、携帯持てばいいのに」
「だって……」
「もしかして、直美って機械苦手か?」
「そ、そんなことないよ!」
ムキになって否定する直美。
高校生で携帯を持っていないのは珍しいし、そう思われても仕方ない気もする。
「まあ、その話は後でいいから、パン買ってこいよ」
「うん」
購買に着き、直美はパンを買いに行った。
その間、俺はぼんやりしながら、さっきのことを考えていた。
(高木さんに席取り頼んだけど、大丈夫かな……)
そんな独り言をつぶやいていると、
「光ちゃん、お待たせ」
気づけば直美が戻ってきていた。
「お、おう。じゃあ行こうか。時間なくなるし」
俺たちは屋上へ向かう。
その途中、直美が少し考え込むような顔で話しかけてきた。
「ねえ、光ちゃん」
「ん?」
「誰に席取り頼んだの?」
当然の疑問だ。信夫たちにも会っていない以上、直美には分かるはずがない。
「誰だと思う?」
たまには俺が直美を悩ませる側に回ってもいいだろう。
「高橋君?」
「違う。信夫とはまだ会ってない」
「じゃあ……沙樹?」
「それも違う」
「えっと……じゃあ……誰?」
予想通りの反応に、思わず少し楽しくなる。
「それは屋上に着いてからのお楽しみだな」
「ええ~」
「もうすぐ着くんだから我慢しろよ」
「それはそうだけど……」
そして屋上に着いた瞬間、
「田辺くーん、こっちこっち」
声が聞こえた。
「ありがとう、高木さん」
「麻衣子でいいよ」
「じゃあ、俺も光司でいいよ」
「じゃあ……光司君って呼ぶね」
「了解」
俺と麻衣子のやり取りを、直美は不思議そうに見ていた。
「びっくりしてるみたいだな、直美」
「う、うん……それもあるけど……よく屋上まで来られたね?」
どうやら驚いているポイントはそこだったらしい。
「この校舎、屋上に行ける階段は一つしかないんだ」
校舎には階段が四ヶ所あるが、屋上へ行ける階段は一つしかない。
「え、そうなの?」
麻衣子は目を丸くする。
「適当に上がってきたのか?」
「他の人について来たの」
「なるほどな」
そのとき、麻衣子が少し困ったような表情を見せた。
「あ……」
名前が分からないのだろう。
「あ、私は坂本直美。光ちゃんの幼馴染。直美って呼んでね」
「高木麻衣子です。……って、もう知ってるか。私のことも麻衣子でいいよ」
「よろしくね、麻衣子」
「こちらこそ、よろしくね直美」
二人とも、うまくやっていけそうだ。
「その辺にして、早く食べようぜ」
「そうだね」
「私もお弁当食べよ」
麻衣子はピンク色の弁当箱を取り出した。
「それ、自分で作ったのか?」
「一人暮らしなんだから、自分で作るしかないでしょ」
確かにその通りだ。
一人暮らしで弁当まで作るなんて、普通にすごい。
(直美といい、麻衣子といい……レベル高いな)
そんなことを考えていると、
「光ちゃん、早く食べないと時間なくなるよ」
「お、おう」
直美に軽く注意された。
確かに、のんびりしてる余裕はない。
俺も弁当を広げた。
放課後、いつものように直美と並んで帰っていた。
可織は寄るところがあるらしく、七海ちゃんと先に帰っている。
「もうすぐ体育祭だね」
「来週だもんな」
「光ちゃんは何出るの?」
「百五十メートル走。直美は?」
「男女混合リレー」
軽い会話。
――のはずだった。
「麻衣子に連絡先渡してたよね。何か約束したの?」
「ああ。日曜日に街案内頼まれてさ」
「……そっか」
一瞬だけ、間があいた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。じゃあ、また明日」
「ああ、またな」
別れたあと。
(……なんか、変じゃなかったか?)
麻衣子の話をしたときだけ。
少しだけ、声が落ちた。
……気のせいか?
付き合ってるわけでもない。
関係ないはずなのに。
――なんで、気になるんだろうな。




