あの日のリムジン
「お昼どうする?」
可織の入学式から一週間。
すっかり通常授業に戻り、今は昼休みだ。
「俺は弁当だけど、直美は?」
「私もお弁当」
「じゃあ、屋上行くか?」
「うん」
うちの高校は昼休みだけ屋上が開放される。
春の日差しが気持ちよくて、この時期はよくここで食べている。
「信夫たちも誘うか?」
「通り道だし、いたら声かけよう」
教室を出た瞬間
「光司!」
噂をすれば、だ。
「信夫、屋上か?」
「もちろん」
「沙樹は?」
「呼んだ?」
どうやら最初からセットだったらしい。
「よし、全員集合ってことで屋上行くか」
階段を上り始めた、そのとき。
「お兄ちゃん」
振り向くと、可織と七海ちゃんがいた。
「二人も屋上か?」
「うん。今日天気いいし」
「だよな」
こうして六人で屋上へ向かうことになった。
……が。
「意外と人多いね」
屋上は思った以上に混んでいた。
「空いてるとこ詰めるしかないな」
なんとかベンチを確保して、横一列に座る。
端から七海ちゃん、可織、直美、沙樹、信夫、俺の順で座った。
……正直、話しづらい。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「……あれ何?」
可織が校門の方を指さす。
その先にあったのは
「……は?」
思わず声が漏れた。
「リムジン……?」
黒く長い車体。
どう見ても、この学校には似合わない。
「マジかよ」
信夫も身を乗り出す。
「新入生か?」
「一年の情報でもそんな話ないぞ」
じゃあ残る可能性は
「転校生……とか?」
「この時期に?」
たしかに不自然だ。普通は新学期のタイミングで来る。
そもそも。
「ここ、公立だよな……?」
「だよね……」
どう考えても、場違いすぎる。
「気になるのは分かるけど、そろそろ戻らないとまずいよ」
直美の一言で我に返る。
残り五分。
「……しゃあない、戻るか」
後ろ髪を引かれつつ、俺たちは立ち上がった。
教室へ戻る途中も、さっきの光景が頭から離れない。
――リムジン。
この学校には、どう考えても似合わない。
ただの送り迎え?
それとも。
「……転校生、か」
ありえないと思いつつも、妙に引っかかる。
もし本当にそうなら
明日、何かが変わるかもしれない。
「もうすぐ体育祭か」
五月に入り、体育祭の時期になった。
うちの桜高校は、なぜか毎年五月末に体育祭をやる。
教師いわく「早めにやってクラスの団結力を高めるため」らしい。
いや、普通は秋だろ。
ちなみに、リムジンはあれから見ることはなく、話題にすら出なくなっていた。
「五月に体育祭って、どう考えてもおかしいだろ」
登校中、思わず口に出す。
「いいじゃない。遅かれ早かれやるんだから」
直美にあっさり論破された。
「直美は余裕だろ」
「そんなことないわよ」
「お兄ちゃんだって、全然いけるでしょ」
「可織だって悪くないだろ?」
「そんなことないよ」
謙遜してるが――
「去年、百メートル一位だったんだろ?」
「それはそうだけど……今年もとは限らないでしょ?」
まぁ、それはその通りだ。
うちの学校の運動部は、強い部活が多い。
「別に一位じゃなくてもいいだろ。運動部じゃないんだし」
「でも……やるからには一位取りたい」
出た、負けず嫌い。
昔からこうだ。勝負事になると一歩も引かない。
「別に、一位じゃなくてもいいだろ?」
「え?」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「大事なのはさ、全力出せたかどうかだろ」
可織が黙る。
「勝ち負けは運もある。でも、自分が全力出したかは自分で分かる」
一拍。
「それなら、負けても納得できる」
沈黙。
そして――
「……そっか」
小さく頷く。
「お兄ちゃん、たまにはいいこと言うね」
くすっと笑った。
「“たまには”は余計だ」
「ふふ」
いつもの調子に戻ったみたいだ。
「まぁ、悔い残らないようにやれよ」
「うん!」
さっきより、少しだけいい顔をしていた。
空を見上げると、春の空はやけに澄んでいた。
体育祭。
ただの行事のはずなのに
なんだか、ちょっと楽しみになってきた。
その日の昼休み。
直美、信夫、沙樹、そして俺の四人で集まっていた。
「珍しく全員購買か。別に一人でよくないか?」
信夫の一言で、空気が変わる。
誰が行くか問題、発生。
「公平にジャンケンだな」
「それしかないでしょ」
「最初はグー、ジャンケンポン!」
結果は
信夫と沙樹がパー。
俺と直美がグー。
俺と直美の負け。
「ちぇ。直美、ラストジャンケンだ」
「なにそれ、変なの」
「いいからやるぞ」
「光ちゃんが行くんでしょ?」
「は?なんで俺なんだよ」
直美がじっとこっちを見る。
「……昨日の三限目、忘れたの?」
「――あ」
思い出した。
数学の授業。宿題を忘れて詰んだ俺に、直美がノートを貸してくれた。
完全に借りがある。
「……しょうがねえな。何買えばいい?」
それぞれ注文と金を受け取る。
「じゃ、席取っといてくれ」
「任しとけ」
久しぶりの購買。
だが、一年の頃に鍛えられている。
この程度の混雑、問題ない。
のはずだったが。
(野菜サンド、売り切れかよ……)
仕方なく代わりを手に取り、急いで屋上へ戻る。
「お、お待たせ……」
息を切らしながら戻ると、
「おっそ」
信夫が即ツッコミ。
「混んでたんだよ……!」
「まあまあ、とりあえず食べよ?」
直美の一言で場が収まる。
袋を開け、各自自分の分を取っていく。
「サンキュー」
「ありがとう」
……が。
「あれ?」
直美が袋の中を覗き込む。
「私の野菜サンドがないよ?」
来たか。
「売り切れてた。だから代わりにスペシャルな」
少しだけ高いやつ。
「え、でもこれ百円くらい高くない?」
「いいよ。そのままで」
「……なんで?」
「昨日の借り、まだ返してなかったしな」
一瞬きょとんとして
「……そっか。ありがと」
少しだけ、柔らかい笑顔。
「どういたしまして」
「じゃ、いただきます!」
ようやく昼飯開始。
……したと思ったら。
キーンコーンカーンコーン
「うわ、予鈴!?」
「マジかよ、早くね!?」
結局、のんびりする暇もなく
「急げ急げ!」
俺たちはパンをかじりながら、教室へとダッシュする羽目になった。
「今日で今週も終わりかぁ」
「そうだね」
放課後。
いつものように直美と並んで帰る――はずだった。
ふと、直美の足が止まる。
「どうした?」
「……ねえ、あれ」
視線の先。
校門の前に――
「リムジン……?」
黒く長い車体が、静かに停まっている。
見間違えるはずがない。
他の生徒も異様なものを見るように見ていた。
「また、か……」
一ヶ月前、屋上から見たあの光景が頭をよぎる。
偶然、じゃない。
そう思った瞬間――
「お兄ちゃん!」
可織が駆け寄ってきた。
「なんでまたリムジンがあるの?」
「分からねえ。でも……前と同じやつじゃないか?」
近くで見ると、余計に異様だった。
この学校には、どう考えても似合わない。
「たぶん、同じだと思う」
可織も小さく頷く。
――やっぱり、偶然じゃない。
そのとき。
「光司!」
信夫が合流。
「またリムジンだって?」
「ああ。前のと同じっぽい」
信夫はじっとリムジンを見つめる。
「……妙だな」
「だろ?」
「リムジンなんてそう何台もあるもんじゃない。偶然二回は、さすがに出来すぎだ」
珍しく、信夫の声が低い。
「何か分かるか?」
「ああ。ちょっと当たってみる」
それだけ言うと、信夫は校舎の方へ駆けていった。
結局、その日は何も分からなかった。
ただ――
あのリムジンが、そこに“あった”という事実だけが残った。
日曜日。
漫画を買いに出た帰り、本屋の前で信夫とばったり会った。
「よう光司」
「おう。どうだった?」
本題を振ると、信夫は少しだけ顔をしかめた。
「調べてみたけどな……決定打はなし」
「ってことは、まだ分からないと」
「ああ。ただ――」
少し間を置いて、
「転校生って線が一番濃いとは思う」
「やっぱりか」
「でもおかしいんだよ」
信夫は腕を組む。
「転校生が、わざわざ二回も来るか?しかも、あんなリムジンで」
たしかに。
普通じゃない。
「それにもう一つ」
「なんだ?」
「うちの学校に来る理由がない」
言われてみればその通りだ。
金持ちなら、もっとそれなりの学校があるはずだ。
「まぁ、明日もう少し探る」
「頼む」
信夫はそう言って、軽く手を振った。
別れた後も、妙に引っかかる。
夕暮れの商店街を歩きながら、俺はもう一度リムジンのことを思い出していた。
リムジン。
二度目の出現。
正体不明のまま。
そして――
「……明日、何か起きるかもな」
理由はない。
でも、そんな気がした。




