ずっと隣にいた君へ
「光司君! お待たせ」
待ち合わせ場所に現れた麻衣子は、いつも通り明るい笑顔だった。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
並んで歩き出す。
(……今日くらいは考えるのやめるか)
そう決めたはずなのに、頭の片隅から離れない。
「どこ行くんだ?」
「とりあえずデパート」
「了解」
「光司君」
「ん?」
「顔色、あんまりよくないけど大丈夫?」
「え? ああ……多分、寝不足」
「そっか」
「悪いな、心配させて」
「ううん」
少しだけ、申し訳なさそうに笑う麻衣子。
「で、何見るんだ?」
「春服。今日から新作出てるの」
「なるほど。俺も見てみるか」
「それじゃあ――いい服探しスタート!」
「なんだそれ」
「今思いついた」
「適当すぎるだろ」
「光司君もいつも適当でしょ?」
「否定はしない」
自然と笑いがこぼれる。
――こういう空気、嫌いじゃない。
いや、むしろ。
(……落ち着くな)
「光司君」
「どうした?」
「どっちがいいと思う?」
「こっち」
「即答!?」
驚く麻衣子に、少しだけ笑う。
「カジュアルのほうが似合うだろ。普段の感じ的にも」
「……そっか」
少し嬉しそうに、服を見つめる。
「じゃあ、これにする」
「おう」
「ちょっと精算してくるね」
「ああ、待ってる」
一人になった瞬間だった。
――視線。
(……なんだ?)
ふと、背中に違和感を覚える。
誰かに見られているような、そんな感覚。
周囲を見回す。
けど――
(気のせいか?)
それらしい人影はない。
「お待たせ」
「……あ、ああ」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「変なの」
「気にすんな」
「じゃあ、次行こ」
「ああ」
その後、二人でゲームセンターに寄った。
「ちょっとこれやってみない?」
「いいぞ」
他愛もない遊び。
くだらないことで笑う時間。
――楽しいはずなのに。
(まただ……)
何度も、同じ感覚がよぎる。
誰かに見られているような、妙な気配。
振り返る。
けどやっぱり、誰もいない。
(……考えすぎか?)
そう思いながらも、
胸の奥に、引っかかるものが残ったままだった。
⸻「そろそろ帰るか」
時計は五時を回っていた。
冬の空はすでに暗く、街灯がぽつぽつと灯り始めている。
「そうだね」
「今日は……久しぶりに楽しかった」
「私も」
並んで歩く帰り道。
少しの沈黙。
「ねぇ、光司君」
「ん?」
「答え……決まった?」
「……」
「まだなら、無理にとは言わないけど」
足が止まりそうになる。
「……いや」
小さく息を吐く。
「もう、決めてる」
「……そっか」
「麻衣子はさ、いつも周りを明るくしてくれるだろ」
「……」
「一緒にいると楽しいし、自然に笑える」
「……うん」
でも。
「でも、俺は――」
「もういいよ」
「え?」
顔を上げた麻衣子は、どこか寂しそうに笑っていた。
「分かってるから」
「……」
「言わなくても、分かるよ」
「……ごめん」
「謝らないで」
少しだけ、声が震える。
「ちゃんと答え出してくれただけで、十分だから」
「私たち、見てたしね」
「え?」
「最初からじゃないけど、途中から」
振り返ると――
「成美……」
街灯の下に、成美が立っていた。
「やっぱり気づいてた?」
「……なんとなくな」
「ごめんね、こんなことして」
「いや……」
首を横に振る。
「苦しめてたのは、俺のほうだ」
「そんなことないよ」
「そうだよ」
⸻一瞬の沈黙……
「それよりさ」
成美が、少しだけ笑う。
「早く行ってあげなよ」
「え?」
「直美のところ」
「……っ」
「好きなんでしょ?」
「な、なんで……」
「分かるよ」
麻衣子が、静かに言った。
「ずっと一緒にいたんだから」
もう、誤魔化せなかった。
「……ああ」
小さく、でもはっきりと頷く。
「サンキュー」
そう言って、俺は走り出した。
残された二人は、
「……振られちゃったね」
「……うん」
少しの沈黙。
「失恋って、こんなに痛いんだね」
「……うん」
笑おうとするけど、うまく笑えない。
「でもさ」
麻衣子が顔を上げる。
「応援しよ」
「え?」
「私たちを選ばなかったんだから、その分ちゃんと幸せになってもらわないと」
「……そうだね」
涙をこらえながら、笑った。
「二人で何してるの?」
「え?」
振り向くと――
「沙樹」
「もしかして……」
「うん。振られた」
「そっか……」
「私たちは直美と光司君がどうなるか見届けにいくね」
「うん……」
二人が駆け出し、沙樹が一人になる。
「芦田さんも複雑そうだね」
そこに――
「高橋君……」
「芦田さんも、光司のこと好きだったの?」
「……どう思う?」
「図星って顔だね」
「違うってば」
照れながら否定する沙樹。
「そういう高橋君は?」
「俺?」
少しだけ間を置く。
「俺は……坂本さんより、芦田さんのほうがいいってずっと思ってたけどな」
「……それって」
「告白に聞こえたなら、それでいい」
真っ直ぐな視線。
「……そっか」
小さく頷く沙樹。
「少し……考えさせてね」
その頃、俺は全力で直美の家へ向かっていた。
――もう逃げたくない。
ずっとそばにいた。
それが当たり前になりすぎていた。
俺が隣にいて欲しい人はずっと直美だったんだ。
今伝えないと一生後悔する。
時間も遅かったため、走りながら電話をかける。
「もしもし?」
「もしもし、直美」
「どうしたの、光ちゃん?」
「今から外に出てきてくれないか?」
「え?」
「今、直美の家の前にいる」
「わ、分かった。ちょっと待ってて」
電話を切ってすぐ、直美が家から出てきた。
「どうしたの、光ちゃん?」
少し息を整えて、俺は口を開いた。
「なあ、直美。最近、俺たち四人とも……ぎこちなかったよな」
「……そうだね」
「さっき、麻衣子と成美に返事をしてきた」
直美は黙って俺を見つめる。
「二人とも、振ってしまった。俺がずっと迷ってたせいで、傷つけたと思う」
少しだけ間を置いて、俺は続けた。
「正直に言うよ」
――もう逃げない。
「俺、ずっと前から直美のことが好きだった」
「え……」
「言えなかったんだ。もし振られて、今の関係が壊れたらって思ったら怖くて」
直美の表情が揺れる。
「でも、もう後悔したくない。麻衣子と成美が俺の背中を押してくれた」
深く息を吸う。
「こんな形で伝えるのは情けないかもしれないけど……俺、ずっと前から直美のことが好きなんだ。俺と付き合ってください」
俺はお辞儀をする形で下を向いた。直美の顔を見るのが怖い……
しばらくの沈黙のあと、直美がゆっくりと口を開いた。
「私も……ずっと光ちゃんのことが好きだった」
「え……?」
顔を上げると、直美の瞳からは涙が溢れ出ていた。
「バレンタインの時に勇気を出して言おうと思ってた。でも……言えなかった」
涙ながらに続ける直美。
「光ちゃんが告白されたって聞いたとき、すごく不安だった」
「もう、私は光ちゃんの隣にいられないかもしれない……そう考えるととても怖かった」
「……ごめん」
「ううん、いいの」
直美は優しく首を振った。
「こうして、ちゃんと言ってくれたから」
その瞬間――
「おめでとう」
「おめでとう」
「え?」
振り向くと、麻衣子と成美が立っていた。
「直美、私たちの分も幸せになってね」
「光司君と、ちゃんと仲良くね」
「……ありがとう」
直美はまだ泣いていたが、笑顔で小さく頷く。
「うまくいったみたいだね」
「そうだね」
少し離れた場所で、由里姉ちゃんと由佳姉ちゃんが様子を見ていた。
「やっぱりあの二人だね」
「そりゃそうでしょ。ずっと一緒だったんだから」
「幼稚園の前からだもんね」
「さ、バレる前に帰ろうか」
「そうだね」
俺たちは、そのことに気付くことはなかった。




