変わってしまった日常、戻らない日々
「お兄ちゃん」
「……うん?」
声をかけられて、ようやく意識が戻る。
「そろそろ行かないと遅刻だよ」
「あ、ああ……」
ぼんやりしたまま立ち上がる。
「今日も直美さんたちと一緒に行かないの?」
「ああ。一人で行く」
「……そう」
可織はそれ以上何も聞かなかった。
「それじゃ、私先に行くね」
「ああ。気をつけてな」
「分かってます」
玄関の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
あの日から、俺は一人で登校するようになった。
自分の気持ちを整理するには、
誰にも邪魔されない時間が必要だと思ったからだ。
いつも俺を待っている直美の家の前。
でもそこに直美はいない。
いつも麻衣子が走ってくる別れ道。
そこに麻衣子はいない。
いつも成美が来る別れ道。
成美がいない。
いつもは気にならなかった他の生徒の声が、とても大きく聞こえた。
(……これでいいのか?)
答えは、まだ出ていない。
学校でも同じだった。
直美とも、麻衣子とも、成美とも――
ほとんど会話をしていない。
話しかけようと思えばできる距離にいるのに、
誰も踏み込まない。
まるで、お互いに一歩引いているみたいだった。
教室の空気も、どこかぎこちない。
目が合ってもお互いすぐ逸らしてしまう。
昼休みになっても、集まって食べることはない。
――そんな状態が、五日ほど続いた。
その沈黙を破ったのは――
放課後。
「光司君」
振り向くと、麻衣子が立っていた。
「……何だ?」
「明日、買い物に付き合ってくれない?」
少しだけ視線を逸らしながらの言葉。
「明日か……」
一瞬、考える。
断る理由はない。
でも――迷いはあった。
「何か用事ある?」
「いや……特にはない」
「じゃあ、いい?」
「ああ」
「何時にする?」
「一時くらいでどうかな?」
「分かった」
「……ありがと」
小さく微笑む麻衣子。
でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「それじゃあ、また明日」
「ああ……またな」
結局、その日も――
俺たちはそれぞれ別々に帰った。
同じ方向なのに、並んで歩くこともなく。
少し前までは、それが当たり前だったのに。
今は、その距離がやけに遠く感じた。
⸻
「買い物か……」
その日の夜、俺は部屋で独り言のように呟いた。
――そろそろ返事をしないとと思うが、なかなか言い出せない。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「……ああ、入っていいぞ」
可織が部屋に入ってくるなりため息をつく。
「顔、暗すぎだよ」
「……悪かったな」
「明日って予定ある?」
「明日は出かける予定がある」
「一人で?」
「いや、麻衣子と」
「それって……デート?」
「いや、買い物に付き合ってくれって言われた」
「まだ告白の返事してないんでしょ?」
「……ああ」
「いつまでも逃げてたら、後悔することになるかもよ」
「……どういう意味だよ」
「そのまんまの意味」
そう言うと、可織は部屋を出て行った。
――あいつ何しに来たんだ?
その頃自分の部屋に戻った可織は――
「お兄ちゃん、誰を選ぶんだろ……。私は直美さんを選んでほしいなぁ」
可織がそんなことを思っているなど、俺は知る由もない。
暖房の音だけが響く部屋で、俺は一人可織の言葉の意味を考えていた。
逃げてたら後悔する。
もう今までの関係には戻れないのかもな。




