バレンタイン、交差する恋心
「おはよう」
「お、おはよう」
妙に慌てた様子の直美。
「どうしたんだ?」
「え?」
「なんか慌てて準備してきた感じだけど、寝坊でもしたのか?」
「そ、そんなことないよ」
「ならいいけどさ」
三学期が始まって一ヶ月ちょっと。今日は二月十四日。世間はバレンタインデーで騒いでいるが、俺にはあまり関係のない話だ。
「光ちゃん?」
「どうした?」
「携帯鳴ってる」
「あ」
どうやらメールが来ていたらしい。学校に着く前に気付けてよかった。
――今日寝坊したから先に行ってて。 麻衣子
――了解。遅刻するなよ。 光司
「誰から?」
「麻衣子。寝坊したらしい」
「大変だね」
「遅刻しなきゃいいけどな」
「そうだね」
――ピロン
「またか」
「みたいだね」
――寝坊しちゃったから先に行ってて 成美
――OK。遅刻するなよ。 光司
「成美も寝坊だってさ」
「二人とも!?」
「みたいだな」
「珍しいね」
「確かにな」
「でも……しょうがないかもね」
「なんでだ?」
「……ちょっと考えれば分かると思うよ?」
「だいたい見当ついた」
「ならいいや」
直美の言いたいことはすぐに分かった。どうせチョコでも作って夜更かししてたんだろう。
……とはいえ、それで寝坊するのはどうかと思うけどな。
⸻
「はぁ……はぁ……」
「ギ、ギリギリ……」
「せ、セーフ……」
二人とも、始業ギリギリで教室に滑り込んできた。息は完全に上がっている。
「間に合ったな」
「う、うん……」
「な、なんとか……」
「夜遅くまで起きてたのか?」
「ちょっとね……」
「いろいろあってさ……」
「まぁ、理由は聞かないけどな」
「そろそろ先生来るよ」
「そ、そうだね」
「席つかないと……」
なんにせよ、二人とも間に合ってよかった。
「光司君」
「何だ?」
放課後、帰ろうとしたところで麻衣子に呼び止められた。
「ちょっと屋上に来てくれない?」
「屋上?別にいいけど」
「ありがと」
こんな寒い日に屋上とは珍しい。少し首をかしげながらも、俺は麻衣子の後を追った。
「……直美」
「え? 沙樹?」
一方その頃、教室を出たところで、直美が沙樹に声をかけられていた。
「田辺君へのチョコ、渡しそびれたって感じね」
「う、うん……」
図星だったようだ。言葉に詰まる直美に、沙樹は少しだけ意味深に続ける。
「麻衣子に連れて行かれたってことは、あの子も渡すつもりなんじゃない?」
「でも、友達だし……普通に渡すだけかもしれないよ?」
「ただ渡すだけで屋上は使わないでしょ?」
「それは……」
「直美も気づいてるんじゃない?」
「え?」
「麻衣子が告白するかもしれないってこと」
核心を突かれ、直美は言葉を失った。
「……直美が後悔しない選択をすればいいと思うよ」
「う、うん、ありがとう……」
それだけ言うと、沙樹は部活へ向かっていった。
その頃、俺は麻衣子と屋上に来ていた。
「で、用って何だ?」
「ちょっと待ってね」
そう言った直後、
「成美」
「え?」
物陰から成美が姿を現した。
「光司、今日が何の日か分かる?」
「バレンタインデーだろ?」
「そう」
「それでね……チョコ、持ってきたの。もらってくれる?」
「私のも、受け取ってくれる?」
「あ、ああ。俺でいいなら」
二人は顔を見合わせ、小さく息を吸った。
「光司じゃないとダメなの」
「私も……光司君じゃないと意味がないの」
俺は全く理解が追いつかない。
「どういうことだ?」
一瞬の沈黙。
そして――
「私、光司君のことが好きなの」
「私も、光司のことが好き」
「……え?」
全く予想していなかった展開。
「これ、初めての本命チョコ」
「私も、人生で初めての本命」
「受け取って」
「お願い」
まっすぐな視線が突き刺さる。
言葉が出なかった。
「……急すぎて、すぐには答えが出せない」
ようやく絞り出した言葉だった。
「分かってる」
「そんな簡単に決められないことも」
「ちゃんと考えてから、返事してほしい」
「ああ……ありがとう。少し時間をくれ」
「うん」
「待ってる」
二人はそれだけ言うと、静かに屋上を後にした。
「まさか、二人から本命チョコ貰うとわな……」
二人のためにも、しっかり考えて答えを出そう。
屋上からの階段を下りたところで、
「光ちゃん」
「……直美」
振り返ると、直美が立っていた。
「チョコ、もらったんだね」
「ああ……」
俺の手には二つの紙袋。
「麻衣子と成美?」
「当たり」
「……何か言われた?」
心配そうに聞く直美。
「告白された」
「えっ……!」
目を見開く直美。
「俺もびっくりしたよ」
「それで……返事は?」
「少し考えさせてくれって言った」
「……そっか」
ほんの一瞬、表情が曇った気がした。
「とりあえず帰ろうぜ」
「うん……」
二人で並んで歩き出す。
いつもと同じ帰り道。
でも、どこか空気が違っていた。
――そして。
その日、直美からチョコをもらうことはなかった。
⸻「ただいま」
「お帰り」
家に入ると、すぐに可織が顔を出した。
俺の手にある紙袋に気づき、
「それ……チョコレート?」
「ああ。麻衣子と成美から」
「そ、そうなんだ。義理チョコ?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……いや。本命」
「え?」
「二人ともに告白された」
「え……?」
可織の表情が固まる。
「まだ返事はしてないけどな」
「そ、そうなんだ……」
少しだけ視線を落とした可織。
「まぁ、ゆっくり考えるよ」
「……そういえば、直美さんからは?」
「ああ……今年は無いみたいだな」
「そうなんだ……はい」
可織が紙袋を差し出す。
「え?」
「チョコレート。いらないならあげないけど?」
少し照れているようにも見えた。
「いや、もらうよ。サンキュー」
「余りものだから小さいけどね」
「十分だよ」
そう言いながらも、心のどこかが引っかかっていた。
(直美がくれなかった……?)
これまで一度もなかったことだ。
――もしかして。
(好きなやつ、できたのか……?)
「お兄ちゃん!」
部屋でそんなことを考えていると、階下から可織の声が飛ぶ。
「どうした?」
「由里お姉ちゃんと由佳お姉ちゃんが来てる!」
「分かった、今行く」
下に降りると、2人が玄関にいた。
「ヤッホー!」
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃないでしょ?」
「そうそう」
「ああ、チョコか」
「正解」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
受け取りながら、ふと二人の視線に気づく。
「……光司、どうしたの?」
「え?」
「なんか元気ないよ」
「まぁ……ちょっとな」
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
「可織ちゃん、ちょっとお邪魔していい?」
「え? う、うん……」
「光司、ちょっと来なさい」
「は?」
「いいから」
「いや、ここ俺の家――」
「気にしないの」
「大事な話だから」
そのまま半ば強引に自分の部屋へ連れていかれた。
「いい? これから言うこと、全部本気だからね」
「聞いてどうするかは光司次第」
「あ、ああ……」
二人とも真剣な表情。
「今日、学校で何があったか知ってる」
「え?」
なんで二人がそんなことを……。
「仕事の帰りに直美に会ったの」
「……」
嫌な予感がした。
「すごく落ち込んでたよ」
「光司が告白されたって聞いてね」
「……」
「光司がモテるのは分かる。優しいし、気も利くし」
「でもね――」
一瞬、空気が張り詰める。
「なんで、それを直美に言ったの?」
「え?」
「なんで、わざわざ正直に言ったの?」
なんでと言われても……。
「聞かれたから、普通に答えただけだ」
「それがダメなの!」
強い口調に、思わず言葉を失う。
「……え?」
「好きな子に、そんなことそのまま言う?」
「……」
胸の奥がざわつく。
「これ以上は言わない」
「自分で考えなさい」
「でも――」
「でももへちまもない!」
ぴしゃりと言い切られる。
「後は自分で決めなさい」
「後悔しないようにね」
「どんな答えでも、私たちは味方だから」
「きっと可織ちゃんもね」
「あ、ああ……」
「それじゃあね」
「またね」
二人はそれだけ言い残して帰っていった。
静まり返った部屋。
さっきの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
(なんで……ダメなんだ?)
聞かれたから、正直に答えただけだ。
それの、何が悪い。
――でも。
(……好きな子に、そんなこと言うか、か……)
その一言だけが、妙に引っかかっていた。




