初詣と小さな後悔
「今日で今年も終わりなんだね」
「そうだな」
今日は大晦日。今年もいよいよ終わろうとしている。
そんな日だというのに、俺と可織は晩ご飯の買い出しに来ていた。親父は「たまにはいいだろ」と近所のパチンコ店へ、母さんは仲の良い同級生で集まるプチ同窓会へ出かけている。結局、いつも通り俺たち二人で買い物をして、可織が料理を作ることになった。
「大晦日だからデパートも人が多いね」
「セールやってるからな」
「買い物するのも一苦労かも」
「さっさと済ませて帰ろうぜ」
「そうだね」
大晦日なのに、デパートは人で混雑していた。年越しセールやってる影響だろうな。
「光ちゃん」
「え?」
「直美さん?」
聞き覚えのある声が聞こえたが――
人が多いので何処に直美がいるのか分からない。
「こっちだよ」
振り向くとそこに直美がいた。
「直美」
「こんにちは」
「二人とも買い物?」
「ああ」
「今日は特売ばっかりで大変だよ」
「それは想像つくな」
「可織ちゃん、今日は何作るの?」
「大晦日なので年越しそばです」
「やっぱりそうだよね」
「この日はそれが定番だしな」
「食べないと年越した気しないもんね」
「直美の家もそば?」
「うん、そうだよ」
「お兄ちゃん、そろそろ行かないとレジ並ぶよ」
「ほんとだ。もう混んできてるな」
「そういえば、明日の時間って決まったの?」
「まだ連絡してなかったな」
「何時にする?」
「十時でいいだろ」
「分かった。沙樹に連絡しとくね」
「ああ、頼む」
「それじゃあ、また明日」
「ああ、またな」
「うん」
その後、そばや必要なものを買い揃えたが、人の多さもあって思った以上に疲れた。
「疲れたね」
「たいしたことしてないのにな」
「人混みはそれだけで疲れるよ」
「可織、明日十時に神社の駐輪場って七海ちゃんにも伝えといてくれ」
「うん、分かった」
「帰ったら残りのメンバーにも連絡しないとな」
「そうだね」
⸻
「まずは信夫だな」
大晦日の夜。初詣の集合時間を順番に連絡していく。
「もしもし?」
「信夫、今いいか?」
「ああ」
「明日の初詣、十時に集合な」
「了解。場所はいつも通りか?」
「当然だ」
「遅れるなよ」
「お前もな」
「じゃあな」
「ああ、また明日」
次は麻衣子。
「もしもし?」
「明日の初詣だけど、十時に神社の駐輪場な」
「分かった」
「寝坊すんなよ」
「……がんばります」
「じゃあ、また明日」
「うん、バイバイ」
最後は成美。
「もしもし」
「今いいか?」
「大丈夫だよ」
「明日の初詣、十時に神社の駐輪場な」
「えっと……」
「どうした?」
「駐輪場ってどこにあるの?」
「ああ、そっか。あんまり行かないもんな」
「ごめんね」
「いや、大丈夫」
少し考えてから言う。
「じゃあ、俺が迎えに行くよ」
「え?」
「九時十五分くらいに行くから、準備しといてくれ」
「う、うん……分かった」
「それじゃあ、また明日」
「うん……良いお年を」
「成美もな」
通話を切る。
これで全員に連絡完了。
「これで明日は全員集合だな」
今年最後の夜。
そして――明日は、新しい一年の始まりだ。
「じゃあ、可織。時間になったら家の前に出とけよ」
「分かってる」
初詣当日――元旦。
俺は一足先に家を出て、成美を迎えに向かった。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
そういえば、成美と初めて会ったのは夏祭りの日だった。神社の駐輪場なんて、自転車で来ない限り使わない場所だし、知らなくても無理はない。
「あ、光司」
成美の家が見えてきたところで、ちょうど成美がやって来た。
「明けましておめでとう」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「ああ、よろしく」
「それじゃあ、行こうか」
「ああ」
そして2人で集合場所へ向かおうとしたその時――
「光司!」
この呼び方で男声といえば一人だけだ。
「信夫か」
「高橋君」
「なんで光司がここにいるんだ?」
「成美が駐輪場の場所知らないからだよ」
「なるほど」
「ごめんね」
「いや、むしろ知らない方が普通だろ」
そんな話をしていると――
「明けましておめでとう」
いつの間にか沙樹が合流していた。
「沙樹、おめでとう」
「おめでとう」
「高橋君と成美がここにいるのは分かるけど、田辺君がいるのは変じゃない?」
「悪かったな変で」
「私が場所知らないから来てもらったの」
「あ、そういうことね」
集合場所へ着く前に人が集まる――
「この流れ……」
「やっぱり来るよな」
「信夫もそう思うか?」
「ああ」
そのとき――
「光司君!」
「ほらな」
予想通り、麻衣子と七海ちゃんも合流。
「明けましておめでとう!」
「先輩たち、明けましておめでとうございます」
「おめでとう」
「なんで光司君がここにいるの?」
「成美が場所知らないから」
「あ、なるほど」
「ってことは……」
信夫の言いたいことは分かるが、おそらくもう集合場所へ着く前に全員揃うことは確定している。
「大丈夫だ、直美はもう動いてるはずだ」
「え?」
「どうして?」
「俺と可織を迎えに来てるだろうからな」
「でも可織ちゃんしか家にいないんじゃ?」
「いや、可織にちゃんと話してあるから、多分二人で待ってる」
「ほんとに?」
「兄の勘だ」
「すごい自信だね」
そして予想通り――
「光ちゃん!」
家の前には、直美と可織がいた。
「明けましておめでとう」
「おめでとう」
「もうみんな揃ってるんだね」
「ああ」
今回もまた集合場所に行くまでに、全員揃った。
「それじゃあ、行くか」
「そうだね」
神社に向かう道は、すでに人でいっぱいだった。
「うわ、すごい人」
「毎年こんなもんだろ」
「はぐれそうだね」
「はぐれたら“いつもの場所”な」
「了解」
「いつもの場所って?」
不思議そうな顔をする成美。
「あとで説明するよ。実際見た方が早い」
――そして到着。
「到着……って、人多すぎだろ」
「なかなか進めないね」
「参拝終わったあと、どうやって合流する?」
「やっぱり“あそこ”が一番分かりやすい」
“あそこ”とは、夏祭りの時に集まって花火を見た場所のこと。なので、成美以外はこれで通じる。
「成美、あの木、見えるか?」
「うん」
「あの右側に座れる場所がある。そこが集合場所」
「分かった」
これで全員が集合場所を把握した。
「よし、それじゃあ毎年恒例のやつやるか」
「恒例のやつ?」
麻衣子と成美、可織と七海ちゃんが不思議そうな顔をする。
「そう。“誰が一番早くお参り終わるか”を競う勝負」
「そんな勝負あるの!?」
「負けた人は焼きとうもろこし奢りな」
「へぇ、面白そう」
「私もやる!」
「私もやります」
「成美は?」
「……やるよ」
「よし、全員参加だな」
こうして、全員参加でお参り勝負を行うことに。
「準備はいいか?」
「OK!」
「いいよ!」
「――よーい、ドン!」
一斉に人混みへ突っ込んでいく。
この勝負、毎年なぜか俺が強い。
人の流れを読む――それだけだ。
今回も勝った。
……そう思っていた。
「あ、お帰り」
「え? 嘘だろ……」
俺が戻った時には、可織は座ってジュースを飲んでいた。
いつも俺の圧勝なのに……。
「“嘘だろ”はないでしょ?」
「いや……この競技、いつも俺が勝ってたんだけどな……」
「私はこういうの慣れてるから」
「いや、早すぎだろ……」
「そんなことないと思うよ」
「ただいま」
「お、沙樹。お疲れ」
「いつもだけど、田辺君早いよね」
「いや、今回は二番手だ」
「え?」
「一番は私です」
「……すごい」
「ありがとうございます」
続いて信夫と麻衣子も戻ってきた。
「誰が一番だ?」
「可織」
「すごいな、可織ちゃん」
「ありがとうございます」
さらに七海ちゃんも合流。
「可織、もう戻ってたの?」
「うん。一番だったから」
「すごいね」
続いて成美も合流。
「成美、大変だったろ」
「う、うん……これ難しいね」
「あと戻ってきてないのは?」
「直美だな」
「そうだね」
これで最下位は確定したのだが――
「でも、直美が最後って珍しくない?」
「確かに……」
嫌な予感がよぎる。
「何かあったのかな?」
「何もなければいいけど……」
「探しに行く?」
直美が最下位になることはほぼ無かった。それだけに、探しに行った方がいいかもしれない。
「俺と信夫で行く」
「でも、それだと残った側に何かあったら困るよ」
確かに、女性陣ばかりが残るのも問題か――
「……じゃあ、俺と沙樹で行くか」
「うん、その方がいいね」
「信夫、こっちは頼む」
「OK」
俺と沙樹の二人で、直美を探しに行く。
「直美、どこだ……」
「あれじゃない?」
沙樹が指差した先に――いた。
「直美!」
「大丈夫か?」
そこには端っこでしゃがみ込んでいる直美がいた。
「あ……ごめん。足、捻っちゃったみたいで……」
「捻挫だね」
直美を連れてみんなと合流するには、少し厳しそうだ。
「沙樹、みんなを下に移動させてくれ」
「田辺君は?」
「俺が直美を連れて下に行く」
「……分かった」
沙樹は急いでみんなを呼びに行く。
「立てるか?」
「う、うん……」
「ゆっくりでいい」
「ありがとう……」
肩を貸しながら進むが、階段の前で足が止まる。
「……きついか?」
「きついけど、降りないと……」
捻挫している状態で、階段を下りるのは厳しそうだ。
あの方法なら――
「――一つ方法がある」
「え?」
「……いや、やっぱやめとく」
「なんで?」
「多分、嫌がると思うから」
「どうするつもりだったの?」
「……背負って降りる」
「それでいいよ」
「え?」
いくら幼馴染とはいえ、高校生にもなって背負られるのは嫌だと言うと思ったが、意外にも直美はさらっと受け入れた。
「落とさないでね」
「当たり前だ」
直美を背負って、慎重に階段を降りる。
「お待たせ」
「直美、大丈夫?」
階段の下でみんなが待ってくれていた。
「ちょっと捻っただけだから」
「それでも、早く冷やした方がいいよ」
沙樹が心配そうに言う。
「このまま家まで送るのが一番早いな」
「それがいいね」
「じゃあ、また新学期」
「直美、お大事に」
「行くぞ」
「う、うん」
俺は直美を背負ったまま、家路を急ぐ。
「……ごめんな」
「え?」
「俺があんなこと言い出したせいで」
「気にしなくていいよ。毎年やってることだし」
「でも、今回はやるべきじゃなかった」
「未来は誰にも分からないよ」
「……」
「今回のは私の不注意。だから光ちゃんが自分を責める必要ないよ」
「……そうか」
「それに」
「?」
「こうして送ってもらってるし」
「それは……当たり前だろ」
「ありがとう」
未来は誰にも分からない。それでも直美が怪我をしてしまった。その事実がある以上お参りの競争はやるべきではなかった。
「ここでいいよ」
直美の家の前に着いた。
「歩けるか?」
「大丈夫」
直美が降りる。
「何かあったら連絡してくれ」
「うん。また新学期ね」
「……ああ」
足を引きずりながら家に入っていく直美。
その背中が、やけに遠く感じた。
⸻
「光司君!」
帰り道、みんなが待っていた。
「直美は?」
「大丈夫……とは言えないけど、ひどくはないと思う」
「ちゃんと謝った?」
「当たり前だ!」
可織の言葉に、思ったより強い声が出る。
「……何かあった?」
「別に……」
「ちょっといつもと違うよ?」
「……悪い、先帰る」
俺は一人で家の中に入った。
「なんか怒ってたね」
「多分……」
「え?」
「自分に怒ってるんだと思います」
「どうして?」
「お兄ちゃん、ああ見えて“レディーファースト”なんです」
「へぇ……」
「女の子を傷つける男は最低だってよく言ってます」
「なるほどね……」
「だから、自分が許せないんだと思います」
みんなが俺のことを心配してくれていることなど全く知らず、俺は直美を怪我させてしまった自分への苛立ちで部屋に閉じこもっていた。
⸻
「お兄ちゃん」
帰ってきても、気分は晴れない。
「部屋にこもらないでよ」
「……」
「入るよ」
可織が部屋に入ってきて、開口一番――
「怒ってるんでしょ?」
「怒ってない」
そう答えた声は、自分でも驚くくらい硬かった。
「謝ったんでしょ?」
「ああ」
「直美さん、怒ってなかったんでしょ?」
「ああ」
「なら、それでいいじゃん」
「……」
「気にしすぎるのも失礼だよ」
「……ああ」
「ご飯できてるよ」
「分かった」
自分でもどうしようもなかったことは分かっている。それでも自分の提案で直美を怪我させてしまった。
もし俺があんな勝負を言い出さなければ――
そんな考えが、何度も頭をよぎる。
窓の外では、新年を祝うように遠くで笑い声が聞こえていた。
それなのに、俺の気持ちだけは晴れなかった。




