夏の終わりに新たな出会い
「もうすぐ夏祭りだね」
夏休みも残りあと十日ほど。
この町の恒例行事である夏祭りが、すぐそこまで来ていた。
「ああ。今年はみんな来れるかな」
「去年は沙樹さん来れなかったもんね」
去年は沙樹が部活の試合が重なり、直美と信夫、可織の四人で行った。
「直美と麻衣子も来るって言ってたけど……沙樹と信夫はまだ未定なんだよな」
今年は全員で行きたいなぁ……。
「今回は私、七海と二人で回るよ」
少し意外だったが、まあ女子同士で回るのも普通か。
「そうか、直美と麻衣子はどうするんだろうな」
「お兄ちゃんと一緒に回るんじゃないの?」
「……多分、そうなるな」
自然とそうなる気はしていた。
「二人とも、お兄ちゃんといるとき楽しそうだもん」
少しドキッとした。
「それは俺がどうこう言うことじゃないな」
「ふーん」
どこか意味ありげに可織が笑う。
「信夫と沙樹はどうするんだろう……」
「電話して聞いてみたら?」
呆れるように可織が言う。
「それもそうだな……」
スマホを取り出して、信夫に電話をかける。
「もしもし」
「おう、光司か」
「夏祭りどうするんだ?」
「多分行ける。芦田さんも来るって言ってたぞ」
「マジか!それなら全員揃いそうだな」
「ああ」
「集合場所と時間、いつも通りでいいか?」
「問題ない」
「じゃあ、他のやつには俺から伝えとく」
「頼んだ」
通話を切る。
「どうだった?」
「全員来れそうだ」
「よかったね」
「じゃあ、直美にも連絡しとくか」
再びスマホを手に取る。
「もしもし。直美、今大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「夏祭り、みんな来れるってさ」
「ほんと!?よかった……」
少し安心したような声。
「集合は神社前の駐輪場、時間は六時半。沙樹にも伝えといてくれ」
「うん、分かった」
「それじゃあ、当日な」
「……うん。楽しみにしてるね」
「……おう」
通話を切る。
――楽しみにしてる……か。
「あと麻衣子にも連絡しとくか」
麻衣子に電話する。
「どうしたの?光司君」
「夏祭りの件。集合は神社前の駐輪場、六時半な」
「了解。服装ってどうするの?」
「特に決まりはないけど……」
「分かった」
「じゃあ当日な」
「うん、またね」
これで全員に連絡は回った。
「楽しみそうだね」
可織が意味深にニヤける。
「みんなで集まれるのが嬉しいんだよ」
――夏祭りか。
なんだか、いつもより少しだけ
特別な一日になりそうな気がした。
「可織、今日は何時ごろに行くんだ?」
夏祭り当日。
可織に声をかける。
「私はもう出るよ。先に買い物してから行くから」
「もう行くのか。気をつけてな」
「うん。お兄ちゃんは?」
「俺はもう少ししてから」
「分かった。それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい」
――さて、俺も準備するか。
ピンポーン。
「……ん?」
可織が忘れ物でもしたかと思ってドアを開けると――
「光ちゃん」
「直美?」
少し照れたように立っていた。
「一緒に行こうと思って、迎えに来たの」
「……そうか。ちょっと待ってくれ」
「うん」
急いで準備を済ませる。
「お待たせ。行くか」
「うん」
二人で歩き出す。
――なんか、こういうのいいな。
「おーい!」
後ろから声。
「麻衣子?」
「ちょっと、置いてかないでよ」
「どんな言い草だよ」
「まぁまぁ、一緒に行こう」
三人で歩き始める。
「信夫たちはもう来てるかな?」
「時間きっちりだからな、来てそう」
「途中で会うかもね」
「おーい!」
今度は男の声。
「……ほんとに来たな」
「噂をすればだね」
小さな笑いが起きる。
「よ、光司」
「信夫」
「集合場所に着く前にみんな揃ったね」
その後ろから沙樹も歩いて来ていた。
「集合場所に着く前に、全員集合って珍しいな」
そんな中、信夫がぼそっと言う。
「……誰も浴衣じゃないのか」
「時間なかったし」
「用意してないし」
女子三人はあっさりした反応。
「夢がねぇなぁ……」
残念がる信夫。
「じゃあ、聞くけどさ」
沙樹がニヤッとする。
「誰の浴衣姿見たかったの?」
「うっ……別に誰ってわけじゃ」
動揺する信夫。
「田辺君は?」
「俺は元々期待してなかった」
もしかしたら……ぐらいには思っていたが、それは言わないでおく。
「光司君、浴衣見たかった?」
少し残念そうに言う麻衣子。
「夏祭りの鉄板ではあるけど、動きにくいだろ」
「確かに。でもせっかくなら着てこればよかった」
麻衣子、浴衣持ってたんだ。
「誰も浴衣では無かったけど、二人は服の好みあるの?」
沙樹が突然すぎる話題を投げてきた。
「俺はカジュアル系」
「俺はスポーツ系」
信夫はスポーツ系好きだったのか。
「光ちゃん、スカート派だよね」
「ちょっと待てそれ以上は――」
直美が爆弾を投下してくる。
この流れは……非常によくない。
「え、そうなの?」
食い気味な麻衣子。
「――この話終わり!」
強引に切る。
「それより、時間ないぞ」
時計を見ると、もう六時二五分。
「マジだ、急げ!」
信夫が走り出す。
それに続いてみんな走る。
――そして、神社。
いつもは静かな神社も、この日は屋台が出ていて賑やかだ。
「祭りって感じだね」
目を輝かせる麻衣子。
たこ焼きや焼きそば、いい音と香りが食欲をそそる。
「とりあえず、なにか食べるか」
そのとき――
「光司!」
聞き覚えのある声。
「……え?」
振り向いた瞬間、周囲の空気が少しだけ変わった気がした。
「久しぶり」
見覚えのある顔。
「由里姉ちゃん……?」
「正解」
昔、隣に住んでいた人。
「杉本由里です。よろしく」
自然な笑顔。
笑顔は昔のままなのに……昔よりずっと大人びてみえた。
「え、誰?」
不思議そうに信夫が聞く。
「昔の知り合い」
一通り紹介が終わる。
「可織ちゃんは?」
「今日は別行動」
「そっか」
少しだけ意味深に微笑む由里。
「また隣に戻ってきたから。これからよろしくね」
「……ああ」
一言だけ残して、由里は人混みに消えていった。
大学進学で家を出ていた。
そういえば、大学卒業後に就職したって言ってたっけ。
「……帰ってきたんだ」
直美も知らなかったようで、驚いていた。
「てか、美人すぎない?」
ざわつく一同。
「……とりあえず、行くか」
少しだけ気持ちを切り替える。
「焼きそば行こうぜ!」
屋台へ向かう途中――
信夫が突然走り出す。
「おい待てよ!」
追いかけようとした、その瞬間。
ドンッ。
「っ……!」
誰かにぶつかる。
「大丈夫!?」
慌てて手を差し出す。
「は、はい……」
顔を上げたのは、見覚えのない女の子。
浴衣姿で小柄。
綺麗なストレートの黒髪。
「怪我ない?」
「大丈夫です……すみません」
「いや、こっちこそ」
一瞬だけ、目が合う。
――綺麗な瞳だなぁ……。
「おーい光司!」
「ああ、今行く!」
信夫の呼びかけに返事をする。
「ほんと、ごめんね」
「はい……」
その場を離れる。
振り返ることはなかったけど――
なぜか、少しだけ気になった。
――このときは、まだ知らなかった。
再び出会うことになるなんて。
⸻
「しかし、今日はめちゃくちゃ混んでるな」
焼きそばやたこ焼きなどを買い込んで、いつもの“特等席”に腰を下ろす。
「そりゃ祭りだからな」
当然とばかりの顔をする信夫。
「でも、この場所空いててよかったね」
安堵した表情の直美。
「ああ、なかったら詰んでたな」
そんな話をしていると――
「お兄ちゃん!」
「……え?」
振り向くと、息を切らした可織。
「どうした!?」
「クラスの子とぶつかっちゃって……謝ったのに、すごい怒ってきて……」
いつもと違い、動揺した表情の可織。
七海ちゃんも息を切らして可織の後ろにいた。
「おい!いたぞ!」
後ろから数人連れた男が来る。
「あいつか」
「うん……」
「おい、お前ら」
一歩前に出る。
「謝ったって言ってるだろ。何でまだ絡んでくる?」
「誰だお前」
一番前にいた男が言う。
「兄貴だよ」
「服が汚れたんだ!謝ったぐらいで済むと思ってんのか?」
ぱっと見、全然何処が汚れてるのか分からないけど……
「女子相手にそんなにキレて、恥ずかしくないのか?」
少し挑発してみる。
「なんだと!やるのか?」
拳を自分の顔の前に出す男。
「こんなとこで喧嘩したら……お前終わりだぞ」
俺の言葉に少し動揺しだす。
「は?終わるわけ――」
「テレビ来てるぞ」
ちらっと視線を向ける。
カメラが回っているのが見える。
「……停学どころじゃ済まないかもな」
「っ……」
明らかに動揺。
「どうする?」
少し間を置く。
「……行くぞ!」
逃げるように去っていく。
「逃げたな」
信夫が笑いながら言う。
「おい」
去り際に声をかける。
「次、可織に手出そうとしたら――そのときは徹底的に叩き潰すから覚悟しとけよ!」
「……!」
何も言い返せず消えていった。
「大丈夫か?」
「うん……ありがとう」
ホッとした表情の可織。
「助かりました……」
七海ちゃんもほっとした様子。
「まぁ、大したことしてないけどな」
「いや、普通にかっこよかったぞ」
茶化すように言う信夫。
「だね」
麻衣子も同調する。
「うるさい」
少し照れくさい。
その空気を切るように、
「光司!」
「……またか」
振り向くと由里。
「光司に紹介しようと思って」
イタズラっぽく笑う由里。
そして――由里の後ろから、
「久しぶり」
「……え?」
もう一人。
「由佳お姉ちゃん!?」
由里とそっくりな女性。
「双子なんだ、私たち」
「マジでそっくり」
動揺する麻衣子。
「見分けつかねぇ」
信夫も驚いているようだ。
「慣れれば分かる」
自然体で笑う二人。
――なんか、空気が一気に変わるな。
軽く会話を交わし、二人は人混みへ消えていく。
「……嵐みたいだったな」
「光ちゃん、完全に遊ばれてたね」
「やめろ」
笑いが起きる。
「もうすぐ花火だよ」
空を見上げる。
「ここならよく見えるな」
「特等席だからね」
――そして。
バァンッ――!
夜空に光が咲く。
「……始まった」
「綺麗……」
次々に打ち上がる光。
誰も、しばらく言葉を発さない。
花火の音と歓声だけが聞こえてきた。
「……今年の夏も終わりか」
ぽつりと沙樹が言う。
「あっという間だったな」
波の音、遊園地、今日の祭り。
全部が頭をよぎる。
「来年は、もっと楽しくしたいな」
直美が呟く。
花火の光で見慣れた横顔が照らされる。
「……絶対な」
夜空に広がる光を見ながら、静かに誓う。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
でも、
終わるからこそ、特別なんだろうな。
最後の大きな花火が、夜空いっぱいに広がった。
「……終わったな」
少しだけ静かになる空気。
「帰るか」
当たり前のような言葉。
でも――
それが、すごく大事な気がした。
帰り道。可織が、服の袖をずっと握っていた。
あんなことがあったんじゃ仕方ないか……。
夜風が少し涼しく感じた。
蝉の声も聞こえない。
――夏が終わるんだな……。




