可織の誕生日〜特別な一日〜
「もしもし。直美、今大丈夫か?」
「うん。どうしたの?」
「可織がさ、自分の料理がどれくらい通用するか試したいらしくて」
「つまり、料理対決ってこと?」
「ああ、そんな感じだ」
少し間を置いてから、俺は続けた。
「それで、来週の可織の誕生日に、この前行った遊園地に連れていく約束をしてるんだけど……直美も一緒に来ないか?」
「え?いいの?」
「もちろん。直美は幼馴染だしな」
「それで、その日、二人とも弁当持参ってのはどうだ?」
「……そこで勝負するってこと?」
「ああ。判定は俺がすることになるけどな」
「分かった。頑張って作るね」
「ごめんな、無理言って」
「ううん。光ちゃんが食べたいって言ってくれたら、いつでも作るつもりだったし……むしろ嬉しいよ」
「そ、そうか……。時間はまた決まったら連絡する」
「うん。分かった」
「それじゃ」
「うん。バイバイ」
――直美が「俺が食べたいって言ったらいつでも作るつもりだった」って、どういう意味だ?
……まぁ、深く考えないでおくか。
⸻
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
宿題に取りかかろうとしたところで、可織が部屋に入ってきた。
「ん?どうした?」
「宿題教えてほしいんだけど、いい?」
「ああ、いいけど」
「よかった」
――そういえば、直美のことも伝えておかないとな。
「あ、そうだ。可織の誕生日に直美も呼んだから」
「え?直美さんも来るの?」
「ああ。それで、直美も弁当作ってくるから、そこで料理対決することにした」
「え!?直美さんと勝負!?」
「ああ。だから、可織もちゃんと弁当作れよ」
「うん。分かった!」
「で、見てほしい宿題って何だ?」
「あ、えっと……数学」
「数学か。分かった。可織の部屋でいいのか?」
「うん、私の部屋でいいよ」
嬉しそうな可織。誕生日に直美が来てくれることが嬉しいんだろう。
三人で遊園地か……楽しみだなぁ。
「おはよう」
「おはようございます」
可織の誕生日当日。
俺たち三人は、可織の希望通り遊園地へ向かうことになった。
可織と直美は、それぞれ一・五人分ほどの弁当を持ってきている。
「可織ちゃん、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
「これ、プレゼント」
直美が差し出したのは、小さな箱だった。
「やった!ありがとうございます!」
可織が箱を開けると、中には華奢なブレスレット。
「可愛い……!」
「気に入ってくれてよかった」
「本当にありがとうございます!」
満面の笑み。
――今日は、いい一日になりそうだな。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
歩きながら、直美がふと笑う。
「可織ちゃん、本当に遊園地好きだね」
「はい!」
「ここまで好きなのは珍しいぞ」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「年に二、三回は来てるんだろ?」
「うっ……うん……」
少し照れたように俯く可織。
「でも、楽しんでるならいいよね」
「そうですよね!」
直美の一言で、可織の表情がぱっと明るくなる。
「ここは久しぶりだろ?」
「うん。しばらく来てなかった」
「俺と直美はこの前来たけどな」
「新しいのあった?」
期待で目を輝かせる可織。
ここまで分かりやすい反応も珍しい。
「結構変わってたぞ」
「ほんと!?楽しみ!」
――そのまま駅に着いたが、
「あっ、電車もうすぐ!」
「マジか、急ぐぞ!」
踏切が下りるのを見て、三人で一斉に走り出す。
「間に合うか!?」
「ギリギリだけど、たぶん!」
息を切らしながらホームへ滑り込み、なんとか乗車。
「はぁ……間に合った……」
「危なかったね」
「余裕で出たつもりだったんだけどな」
電車が動き出し、ようやく一息つく。
外の夏の熱気とは違い、冷房の効いた車内。
汗ばんでいた肌が、一気に冷えていく。
「でも、この三人で遊園地って久しぶりだね」
「え、そんなことあったか?」
「覚えてないの?五歳くらいのとき」
「……全然覚えてない」
「光ちゃん、記憶力ちょっと怪しいよ?」
直美がくすっと笑う。
「そのときね――」
少し懐かしそうに続けた。
「ジェットコースター並んでる途中で、可織ちゃんが座り込んじゃって。光ちゃんがおんぶして並んでたよ」
「えっ!?」
「やめてくださいよそれ!」
顔を真っ赤にする可織。
「そんなこともあったな」
「思い出さないで!」
「電車の中だぞ、静かに」
「あ……ご、ごめんなさい」
小さくなって謝る可織に、思わず笑いそうになる。
「でも、そのおかげで思い出せたな」
「そうだね」
「もう……!」
ふくれっ面の可織。
「そういえば、プレゼントは?」と直美。
「今日は遊園地代、全部お兄ちゃん持ちなんです」
「へぇ、太っ腹だね」
からかうように笑う直美。
「バイトしてたからな」
「結構働いてたもんね」
そんな話をしていると、駅に着いた。
遠くから遊園地の音が聞こえる。
「今日は思いっきり遊ぼう!」
「そうだね」
「うん!」
遊園地に入った瞬間、可織のテンションは一気に上がった。
「何から乗ろうかなぁ!」
目を輝かせている可織。
「好きなのからでいいぞ」
「じゃあ、あれ!」
指さした先はバイキング。
「ああ、あれか」
「前も乗ったね」
嬉しそうな直美。
「私は初めてだから楽しみ!」
「……でも、結構並んでるな」
夏休みということもあり、なかなか長蛇の列。
「大丈夫。回転早いし」
列を見ながら可織が言う。
「他も混んでるし、ここでいいよ。この後はもう決めてるし」
「何に乗るんだ?」
「それは秘密」
にやっと笑う可織。
「なんだそれ」
「後でのお楽しみです」
「まぁいいか。ほら、もうすぐだぞ」
「うん!」
⸻
「そろそろ昼飯にしないか?」
午前中だけで四つもアトラクションを回ったせいで、さすがに疲れた。
園内を端から端まで歩き回ったのも地味に効いている。
「もうすぐ一時だね」
「そろそろ食わないと倒れるぞ……」
俺はすでに腹ペコになっていた。
「じゃあ、ご飯にしよ!」
ベンチに腰掛けると、二人がそれぞれ弁当を取り出した。
「はい、光ちゃん」
「サンキュー、直美」
「……私のもちゃんと食べてね?」
可織がじっとこっちを見る。
「大丈夫だって。二人とも量抑えてるんだろ?」
「一応ね」
「うん」
「なら問題ないな。……で、どっちからいく?」
「どっちがいい?」
「じゃあ、私のから食べて」
直美が少しだけ緊張した声で言う。
「直美からか。……まぁ、先に食べた方で大体決まりそうだな」
「え、なんで?」
不思議そうな顔をする直美。
「可織のは普段から食べてるし、味覚えてるから」
「なるほど……」
「じゃ、いただきます」
蓋を開けると、シンプルな弁当。
肉じゃが、卵焼き、ウインナー。どこか懐かしい感じのする中身だ。
「おすすめは?」
「どれだと思う?」
「……肉じゃが」
「え!?なんで分かったの?」
「昔から練習してただろ」
一瞬、直美が目を見開く。
「……覚えててくれたんだ」
「まあな。幼馴染だし」
少し照れたように笑う直美。
「じゃあ、それから食べてみて」
箸でつまんで口に運ぶ。
「……うまいな」
「ほんと?」
「ああ。前より味がしっかりしてる。ちゃんと染みてる」
「そっか……よかった」
ほっとしたように肩の力を抜く直美。
――これは、かなりレベル高いな。
「とりあえず直美のは一旦置いといて……次、可織な」
「ど、どうぞ」
可織の弁当を開ける。
卵焼き、タラコパスタ、しゅうまい。
見た目からして、かなり気合いが入っているのが分かる。
「相変わらずうまそうだな」
「そ、そう?」
「おすすめは……卵焼きだろ」
「な、なんで分かるの!?」
「最近毎日入ってたからな」
「み、見てたの!?」
「蓋開けっぱなしにしてたら、嫌でも見えるだろ」
「うぅ……」
顔を赤くする可織。
「まぁいいや。いただきます」
一口食べる。
「……うん、これもうまい」
「ほ、ほんと?」
「ああ。ちゃんと味まとまってる」
――さて、問題はここからだな。
「ねぇ、どっちが美味しかったの?」
真剣な目で見てくる可織。
その横で、直美も黙ってこちらを見ている。
――これは、逃げられないやつだな。
「そうだな……」
少し考えてから口を開く。
「直美のも卵焼きあったよな」
「うん」
「じゃあ、それで比べるか」
「……分かった」
直美の卵焼きを一口。
「……これも、うまいな」
「ありがとう」
そして、可織の卵焼き。
「……うん」
正直――どっちも美味い。
ほとんど差なんてない。
「どう?」
二人の視線が突き刺さる。
「……迷うな」
「え?」
「どっちも普通にレベル高い」
「な、なんだ……びっくりした」
可織が少し力を抜く。
――でも、それじゃ終われない。
「ただ……」
少しだけ間を置く。
「本当に僅差だけど――可織かな」
「……え?」
「ほ、ほんと!?」
「ああ。ほんのちょっとだけ、こっちの方が好みだった」
「やった……!」
可織がぱっと笑顔になる。
「よかったね、可織ちゃん」
「はい!」
その様子を見て、直美もやわらかく微笑んだ。
「でも、ほんとに僅差だからな」
「それでもいいの!」
満足そうに弁当を抱える可織。
――たぶん、味の差じゃない。
慣れてる味か、好みが似てるか。
……そのどっちかだろうな。
「昼飯の後、どうする?」
「とりあえず……観覧車かな」
「いいね。まだ乗ってないし」
「可織、観覧車好きなんだろ?」
「……なんで知ってるの?」
少し警戒するような目。
「母さんが言ってた」
「もう……なんでそんな話するのよ」
「俺は遊園地行くって言っただけだぞ。勝手に話し始めたのは母さん」
「光ちゃんに罪はないね」
「だろ?文句あるなら母さんに言え」
「……分かってる」
少しだけ頬を膨らませる可織。
――そういえば、昔から好きだったな。
「でも、今でも好きなのはちょっと意外だったな」
「え?」
「昔言ってたのは覚えてるけど、今もってのはさ」
「いいでしょ、別に」
少しむっとした声。
「男には分からないもんだと思っとくよ」
「女の子は、景色がきれいなとこ好きなの」
「まぁ、それは分かる」
「私、ちょっとトイレ行ってくるね」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
可織が離れていく。
少しの間、二人きりになる。
「……可織ちゃん、ほんと元気だよね」
直美がぽつりと呟いた。
「まぁ、外ではな」
「え?」
「家だとそうでもないぞ。部屋から出てこない日もあるし」
「そんなことあるの?」
「ああ。たぶん、何か悩んでたんだろうけどな」
「……話、聞かなかったの?」
少しだけ真剣な声。
「基本、向こうから言ってこなきゃ聞かない」
「どうして?」
「話せばいいってもんでもないだろ。
それに――俺じゃ大した相談相手にもならないし」
一瞬、間が空く。
「……そうかな」
「え?」
小さすぎて聞き返す。
「……ううん。なんでもない」
「なんだそれ」
直美は何かを誤魔化すように、小さく視線を逸らした。
――今の、なんだったんだ?
「お待たせー!」
その空気を切るように、可織が戻ってくる。
「お、戻ってきたな。じゃあ行くか」
「うん!」
「観覧車、楽しみ!」
観覧車の方へ向かうと、予想通り長蛇の列。
「……めっちゃ混んでるな」
「でも、乗るよ」
迷いのない即答。
「だろうな」
「じゃあ、覚悟決めて並びますか」
列の最後尾に並ぶ。
「観覧車って、順番来るまで時間かかるよな」
「ゆっくり回ってるからね」
「でも、その分数は多いから意外と早いよ」
「まぁ、トラブルなければな」
ゆっくりと動く観覧車を見上げる。
「……高いな」
思わず本音が漏れる。
「お兄ちゃん、高所恐怖症だもんね」
可織がニヤッと笑う。
「うるさいな……」
「光ちゃん、それって治らないの?」
「知らん。もう十年以上このままだし」
「じゃあ無理そうだね」
「軽く言うな」
「でも、慣れたりしないの?」
「ここまで来たら無理だろ」
「まぁ、誰にでも苦手はあるよね」
「そういうことにしといてくれ」
少しずつ列が進んでいく。
「あ、もうすぐだね」
「ほんとだ」
「……」
「直美?」
ふと見ると、直美が観覧車を見上げたまま止まっていた。
「え?あ、ううん。なんでもない」
少し遅れて返事。
「ほんとか?」
「うん。大丈夫」
――大丈夫、か。
そうは見えないけどな。
けど、さっきの話といい……
直美も何か考えてるのかもしれない。
「ほら、次だぞ」
「あ、うん」
係員の声に呼ばれ、俺たちはゴンドラへと乗り込んだ。
⸻
「高いね」
嬉しそうに笑う可織。
「そ、そうだな」
「光ちゃん、大丈夫?」
心配そうに直美がこっちを見る。
「下を見なければ多分……」
俺はやっぱり高いところは苦手だ。
「綺麗な景色……」
可織は外の景色に夢中になってる。
「可織ちゃん、こっちもいい眺めだよ?」
そう言って直美は立ち上がって、俺の横に座った。
「ほんとだ!こっちの景色も綺麗……」
「可織ちゃん、楽しそうだね」
直美が嬉しそうに呟いた。
「ああ。俺は早く下に降りてほしいけど」
「でも、こうやって3人で観覧車乗るの懐かしいね」
直美の一言で昔のことを思い出した。
「昔は観覧車ももっと大きく感じたなぁ……」
「そうだね……でも、それだけ私たちが大人になったってことかもね」
そう言う直美と目が合ったが、少し気恥ずかしくなり、誤魔化すように目を背けた。
そのとき、ゴンドラが静かに揺れた。
⸻
「今日は楽しかったね」
気づけば、五時を過ぎていた。
ジェットコースターは今回も直美と可織の二人で楽しんでいた。
可織に連れ回されて、結局ほぼ一日中遊び倒したことになる。
――まぁ、あいつがあれだけ楽しそうなら、それでいいか。
「……寝ちゃったね」
電車での帰り道。隣を見ると、可織がこくりこくりと揺れながら、完全に眠りに落ちていた。
「今日はずっとはしゃいでたもんね」
「それだけ楽しかったってことだろ」
「そうだね」
直美が、少し優しく笑う。
「主賓があれだけ満足してくれたなら、連れてきた甲斐はあったな」
「うん。本当に楽しそうだった」
「ここまでテンション高いの、久しぶりに見た気がする」
「外ではああでも、家じゃ全然違うからな」
「そうなんだ……」
少しだけ考えるような顔をする直美。
「……寝顔、可愛いね」
「だな」
無防備な顔で眠る可織。
さっきまで騒いでたのが嘘みたいだ。
「……でも、もうすぐ着くよ」
「桜駅か」
「起こすしかないね」
「ああ」
「可織、もうすぐ着くぞ」
「ん……」
ゆっくり目を開ける。
「桜駅だ」
「え……あ、そっか……」
まだ少しぼんやりしている様子。
「大丈夫か?」
「うん……ちょっと眠いだけ」
電車が止まり、ドアが開く。
「ほら、降りるぞ」
「うん」
――次の瞬間。
「きゃっ」
ふらっとバランスを崩す可織。
「可織!」
反射的に腕を伸ばして、その体を支える。
「……あ、ありがとう」
「大丈夫か?」
近い距離。
まだ少し眠そうな顔で、こくりと頷く。
「う、うん……」
「可織ちゃん、怪我はない?」
直美も心配そうに覗き込む。
「はい、大丈夫です」
「ほんとに?」
「大丈夫だって」
少し照れたように笑う可織。
「……ならいいけど」
手を離すと、可織は一歩ゆっくり踏み出した。
「無理すんなよ」
「うん」
「光ちゃん、今日はありがとね」
直美が静かに言う。
「え?」
「可織ちゃん、すごく嬉しそうだったから」
「……そうか」
「うん」
数秒だけ、会話が途切れる。
「……光ちゃんってさ」
「ん?」
「やっぱり、ちゃんとお兄ちゃんだね」
「なんだそれ」
思わず苦笑する。
「いい意味だよ?」
「ならいいけどな」
駅を出て、帰り道を歩く。
可織も少しずつ目が覚めてきたのか、いつもの調子に戻り始めていた。
「今日は本当に楽しかった!」
「そりゃよかった」
「また三人で行こうね」
「……そうだな」
夕焼けの中、三人で並んで歩く。
遠くから蝉の鳴き声が聞こえた。
「じゃあ、また夏祭りでね」
直美が手を振りながら家に帰っていく。
「お兄ちゃん、今日はありがとう」
夕焼けのせいなのか、少し可織の頬が赤く見えた。
「いい誕生日になったか?」
「うん、今までで一番楽しい誕生日だったよ」
可織は嬉しそうに付けているブレスレットを撫でた。
夕焼けの中で笑う可織の顔は、今日一番嬉しそうに見えた。
――たまにはこういう日も悪くないかもな。




