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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
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4話 「命の値段」

面白いと感じていただけましたら、ぜひ応援をお願いします。

よろしくお願いします。


 紙が、風に揺れていた。


 診療所の壁に貼られた一枚の広報紙。朝霧の中でも、その黒々とした文字は遠くからでも読めた。


 《龍痣保持者・カレン・ゼラントスに対する賞金令》

 《所在情報に最大金貨一千枚。生死問わず、即時断罪対象》

 《帝国司法局シアリーにて処理を担当》


 村の広場に、人が集まり始めていた。


 声はない。誰も何も言わない。

 ただ視線だけが、紙の文字と、ゼラントス家があった方角を交互に行き来している。

 その沈黙が、言葉より重かった。


 ヤマトは人垣の端から、その紙を見ていた。

 指先が震えているのは、寒さのせいではない。


「……カレンの命に、値段がついた」


 誰にも届かない声で、呟いた。


 金貨一千枚。

 この村の年間収入を、軽く超える額だ。帝国が本気だということが、数字一つで伝わってくる。


 つまりこういうことだ。

 今この瞬間から、大陸中の人間が——賞金稼ぎも、商人も、隣人さえも——カレンを探し始める。子供の命が、金に変わった。


(三日だ)


 ヤマトは頭の中で計算を走らせた。

 律式印刷による広報紙は、帝都から同時展開される。この辺境の村に届いたということは、大陸全域に既に拡散している。


 賞金稼ぎが動き出すまでの猶予は——


(遅くとも三日。密告者はもっと早い)


 計算は冷徹で、正確で、感情を持たなかった。


 そのとき、村人の一人が囁くのが聞こえた。

「……なあ、ゼラントスって、確か昨夜ここに来た双子の——」


 ヤマトは動かなかった。視線だけを横に走らせる。

 声の主は中年の男で、隣の男に耳打ちしている。二人の目が、診療所の入口へ向いた。


(気づかれた)


 背筋に冷たいものが走る。

 自然に、ゆっくりと、人垣の中を歩き始めた。


 急いではいけない。走ってはいけない。走れば、全てが終わる。

 診療所の裏口からアイクを引き出したのは、それから一分後だった。


「賞金令が出た。もう動く」


 ヤマトは荷物をアイクに押しつけながら言った。

 アイクは紙を一瞥して、頷いた。


「カレンは」


「生きてる。告示文に『生死問わず』とあるなら、まだ捕まっていない」


 それだけで充分だった。二人は裏手の林へ走り出した。

 背後で声が上がった。


「おい待て——あの子たち——」

 振り返らなかった。


 林を抜け、街道を外れ、獣道を踏みしめながら、ヤマトは荷物の中から地図を引き出した。走りながら広げる。茶色く焼けた羊皮紙に、大陸の輪郭が手描きで刻まれている。


 中央に帝都ヴァルメリア。北西の山岳地帯に、ゼラントス伯爵領。

 そこから南へ、一本の川が大陸街道を横切りながら下流の港町へと続いている。


「この川だ」


 ヤマトは地図を指で叩いた。


「カレンが舟で流れたなら、街道を避けて川沿いを下る。水と食料が確保できて、追跡者の目も散る。一番合理的な逃走経路だ」


「どのくらい先にいる」


「わからない。でも五歳の子供が一人で舟を操れる距離には限界がある。どこかで岸に上がっているはずだ」


 アイクは走りながら、前だけを見ていた。


「なら急ぐ」


「わかってる。でも」

 ヤマトは息を整えながら続けた。


「帝国の賞金稼ぎも、同じ川を辿る。俺たちだけじゃない。今この瞬間、カレンを探している奴らが大陸中にいる」


 アイクの足が、わずかに速くなった。


 街道から離れた丘の上で、一度だけ立ち止まった。

 眼下に村が見える。広場には人が増えていた。何人かが馬を引き出しているのが、遠くからでも見えた。


 賞金稼ぎか、密告者か。どちらでも関係ない。

 どちらにせよ、もう動き出している。


 アイクが拳を握りしめた。

「俺が……あの夜、もっと強かったら」


「違う」

 ヤマトは即座に言った。


「今それを考えても、カレンは助からない。考えるべきは、今から何をするかだ」


 アイクは黙った。

 ヤマトは地図を折りたたみ、懐にしまった。風が吹いて、遠くの木々が揺れた。


「カレンはまだ生きてる。だから俺たちも動ける。それだけで充分だ」


 言葉にしながら、ヤマトは自分の中で何かが固まるのを感じた。


 記憶の底が、一瞬だけ揺れた。前世の光景——葬儀の黒。泣き崩れる母。誰もが悲しみを共有していたあの世界では、家族を失うことは「事件」だった。


 だがここでは違う。律を破った者は排除される。それがこの世界の秩序だ。


(その秩序が間違っているとしても、今は関係ない。今は走れ)


 ヤマトは丘を下り始めた。


 午後になると、川沿いの道に出た。

 水面は灰色で、流れは思ったより速い。


 カレンが乗った舟も、この流れの先にある。

 どこかで岸に上がったはずだ。五歳の子供が一人で操れる距離には限界がある。


 下れば——必ず何かある。


 その確信だけを頼りに、二人は川沿いを走り続けた。


 夕暮れが近い。

 空が橙に染まり、川面がその色を映している。その美しさが、今は酷く場違いに思えた。


 ヤマトは走りながら、頭の中で計算を続けていた。

 賞金稼ぎが川を辿るとして、どこから入ってくるか。港町からなら上流へ向かう。帝都からなら馬で一日半。既に動いているとすれば——


(時間がない)


 アイクが先を走っている。その背中が、昨夜より大きく見えた。


 考えるより先に身体が動く兄と、身体より先に計算が走る自分。

 どちらが正しいかなんて関係ない。二人が揃って走っているなら、それでいい。


 川は続いている。

 あの夜、ヤマトが押し出した舟も——

 この流れの先にある。


(下れば、必ず何かある)


 その確信だけを頼りに走った。

 答えはまだ見えない。

 でも方角だけは、わかっている。


 世界が動き出した今、

 立ち止まる理由は何もなかった。

面白いと感じていただけましたら、ぜひ応援をお願いします。

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