30話「組織という名の剣」
それから三日、第一班は表向き、何事もなかったように授業を受けていた。
だが、水面下では、ヤマトが静かに調査を進めていた。
図書館の奥、閲覧許可に司法生の身分証が必要な区画。そこでヤマトは、王国史・宗教史の棚を虫食うように読み進めていた。
「……龍還」
呟きながら、ヤマトは一枚の古い羊皮紙の写しに目を落とす。
数百年前、旧セリフィア領を中心に活動していたという、龍信仰の残党についての記述だった。当時の《司法局》が「危険な邪教」として弾圧し、表向きは解体されたとされている。
(表向きは、か)
ヤマトは指で文面をなぞった。
「龍還」という単語そのものは、どの文献にも直接的には出てこない。だが、旧セリフィア領の信仰の系譜、そして帝国が公にしていない「掃討作戦」の記録の隙間に、ぽっかりと空白がある。
歴史から、意図的に削られた形跡だ。
(誰かが、この組織の存在自体を、記録から消そうとした)
放課後、第十三雑居房。
ヤマトはテーブルに調べた資料を並べ、レオンハルトとミヅキに向けて話し始めた。
「三日調べて分かったのは、多くない。だが、いくつか見えてきたことがある」
「聞こう」
レオンハルトが腕を組んだ。
「まず、『龍還』という組織そのものの記録は、歴史からほぼ消されている。これは、単に無名だったからじゃない。誰かが意図的に消した痕跡がある」
「帝国が、か」
「可能性は高い。それと――旧セリフィア領は、かつて龍信仰の中心地だった。今もその残党が、あの地の奥に潜んでいるという伝承がある」
ミヅキが小さく息を吸った。
「……カレン様が連れ去られたと思われる場所付近ですね」
「ああ」
ヤマトは頷いた。
「龍還の目的が『龍の復活』だとすれば、旧セリフィア領の信仰者たちと繋がりがあってもおかしくない、とは思う」
「では、あの組織とカレン様を繋げている糸がある、と」
「……いや」
ヤマトは自分の言葉を、一度自分で押し止めた。
「正直に言うと、まだ何も繋がってはいない。旧セリフィア領の信仰は、あくまで里の中だけで完結している可能性もある。龍還は、それとはまったく別の場所で、別の目的で動いている――そう考えた方が、今のところは自然かもしれない」
「……随分、慎重ですね」
「点と点を、繋げたくなる。俺の頭は、繋がっていない情報を見ると、勝手にそこに線を引きたがる。だが、それは事実じゃない。今ある事実は、龍還が封律塔に関心を持っているらしいこと、それだけだ」
ヤマトは自分に言い聞かせるように、静かに続けた。
「カレンのことは、別の筋で追う。焦って一つの仮説に賭けて、見落としを作るわけにはいかない」
「……もう一つ、気になることがある」
ヤマトはテーブルの上、地図の一点を指で叩いた。
「あの地下拠点は、学園の敷地の真下にあった。学園長も知らない場所に、あれだけの規模の拠点を維持するには、内部に協力者が必要だ」
「ドラン」とレオンハルトが即座に言った。
「まだ断定はできない。だが、可能性としては一番高い」
三人の間に、重い沈黙が落ちた。
「……このまま黙って調べ続けるのは、限界があるな」
レオンハルトが呟いた。
「俺たちは所詮、入学一年目の生徒だ。学園の内部で何を調べようとしても、権限がない。図書館の奥にすら、俺たちが入れない区画がある」
「そうだ」
ヤマトは静かに言った。
「情報を追うだけじゃ、届かない場所がある。……だから、権限が要る」
ミヅキが顔を上げた。
「権限、ですか」
「この学園には、生徒会という制度がある」
ヤマトは、以前から考えていたことを、初めて言葉にした。
「学年ごとの成績上位者で構成される組織だ。三年生の総合一位が会長、二位が副会長、二年生の一位が書記。……そして一年生の一位には、正式な役職ではないが、生徒会の運営を手伝う立場が与えられる」
「貴様、それを狙うのか」
「ああ」
ヤマトは頷いた。
「俺は入学試験で一年生の首位を取っている。資格は、もうある。あとは、名乗りを上げるだけだ」
「だが、それが何になる。生徒会の雑用係になったところで、学園長に会えるわけでも、機密書庫に入れるわけでもないだろう」
「今はそうだ」
ヤマトの声に、静かな確信が宿った。
「だが、生徒会は学園の内部組織だ。会議に出られる。他の生徒の動きも見える。ドランが何を仕込んでいるか、外からじゃ見えないものが、内側からなら見える」
「……それだけか」
レオンハルトの問いに、ヤマトは一瞬、言葉を選んだ。
「それだけじゃない。……いずれ、この学園そのものを、俺たちの側に置きたい」
その言葉に、レオンハルトが目を細めた。
「大きく出たな」
「大きくなければ、届かない場所を狙っている。龍還は、帝国の中枢に近い場所で動いている。俺たちが個人で立ち向かうには、あまりに規模が違いすぎる」
ヤマトはテーブルに置かれた資料を、静かに重ねた。
「だから、組織を作る。個の力じゃなく、仕組みで対抗する。それが、俺のやり方だ」
ミヅキは、その言葉を静かに聞いていた。
(ヤマト様は、また一段、遠くへ行こうとされている)
その瞳には、頼もしさと、微かな寂しさが同時に浮かんでいた。
「わたくしにできることがあれば、なんでもお申し付けください」
「頼りにしてる」
ヤマトはそう言うと、レオンハルトを見た。
「レオンハルト。お前は皇族だ。生徒会に発言力を持つことは、お前自身にとっても悪くない話のはずだ」
「……フン。俺を利用する気か」
「利用じゃない。共闘だ」
レオンハルトは、しばらくヤマトを睨むように見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……いいだろう。付き合ってやる。だが、あの老狐が黙って見ているとは思えないぞ」
「もちろん、黙ってはいないだろうな」
ヤマトの目に、初めて、静かな戦意のようなものが浮かんだ。
「だが、向こうが権限で妨害してくるなら、こっちも同じ土俵で返すしかない。……明日、生徒会に名乗りを上げる」
窓の外、夜の帝都に、封律塔の頂がぼんやりと浮かんでいた。
その白い光の下で、三人の少年少女の、新しい戦いが始まろうとしていた。




