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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
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29話「龍の時代」

 第十三雑居房に戻った三人は、しばらく黙っていた。

 ヤマトはテーブルに肘をつき、目を閉じていた。


 脳内で、さっき見たものを再構成している。

 壁に刻まれていた紋様。地図。木箱の配置。


(あの紋様——どこかで見た)


 ヤマトは記憶の層を掘り下げた。

 ヒナカミへ渡航する前、帝都の図書館で資料を漁っていた時のことだ。

 ヒナカミという島国の文化・りつの構造・地理的特性を調べていた。


 その過程で、一度だけ似たような紋様を見た。

 龍に関係する何かだと思ったが、当時は渡航の準備で手一杯で、深く調べなかった。


「……レオンハルト」


 ヤマトは目を開けた。


「皇族は、龍についてどこまで教わる?」


 レオンハルトは腕を組んだまま、窓の外を見ていた。


「……なぜそれを聞く」


「さっきの部屋の壁に、龍に関係する紋様があった。それとヒナカミを調べていた時に似たものを見た記憶がある。あの組織と龍に何らかの繋がりがある可能性がある」


 レオンハルトはしばらく黙っていた。


 それから、ゆっくりと口を開いた。


「……文献には、こう書かれている。約千年前、龍が暴れ、世界が危機に瀕した。封印によって事態は収束した。以上だ」


「それは知ってる」


「だが」


 レオンハルトの声が、わずかに低くなった。


「皇族に伝わる口伝は——少し、違う」


 ミヅキが静かに身を乗り出した。


「どう違うのですか、レオンハルト様」


 レオンハルトは一度だけ天井を見上げ、それから言った。


「文献が伝える『龍が暴れた』という表現は、あまりにも軽い。実際は——この世界の全てが、終わりかけた」



【約千年前】



 それは、ある朝突然に始まった。


 大陸の東端。巨大な山脈の頂から、それは姿を現した。


 翼を広げると、その影だけで一つの街が昼でも夜になった。


 声を上げると、山が崩れた。


 ただそこにいるだけで、周囲の空間が歪んでいった。


 当時の大陸には、まだりつもスキルも存在しなかった。


 人間が持っていたのは、剣と槍、そして鍛え上げた肉体だけだ。


 だが、その身体能力は、今の——りつやスキルに頼ることに慣れた大陸の人間とは比べ物にならないほど鋭く、強かった。


 生き延びるためだけに、人間が己の肉体を極限まで鍛え上げていた時代だ。


 大陸には、まだ統一された帝国などなかった。


 無数の国が、それぞれの土地で覇を競い合っていた。


 後にヴァルメリアと呼ばれるようになる国も、当時はその中の一つ、比較的大きな国の一つに過ぎなかった。


 幾つもの国が、それぞれ精鋭の戦士を集め、龍へ挑んだ。


 龍は、それを見もしなかった。


 一振りの翼が、大気を引き裂いた。


 その余波だけで、数千の戦士が吹き飛んだ。


 建物が根こそぎ消えた。


 地平線が、揺れた。


 戦士たちは理解した。


 これは、戦う相手ではない。


 剣も、肉体も、どれほど鍛え上げた力も——目の前のものには届かない。


 そして、誰もが恐ろしいことに気づいた。


 龍は、何も狙っていなかった。


 怒っているわけでも、憎んでいるわけでもない。


 誰かを滅ぼそうという意志すら、そこには感じられなかった。


 ただ、そこに存在しているだけだった。


 敵意のない巨大な何かが、ただ呼吸をするだけで、世界が壊れていく。


 戦って勝てないことよりも、その事実の方が、人々を深く絶望させた。


 憎めば、まだ救いがある。


 だが、何も思っていない相手に滅ぼされるのなら、祈る先すらない。


 大陸の三分の一が、一週間で消えた。


 都市が消えた。


 森が消えた。


 川の流れが変わった。


 山の形が変わった。


 人々は逃げた。だが逃げる先も、次々と消えていった。


 絶望が大陸を覆った。


 戦えない。逃げられない。祈っても届かない。理由もない。


 これが終わりだと、誰もが思った。


 だが——終わらなかった。


 何者かが、龍に触れた。


 その者が誰だったのか、どの国の人間だったのか——その詳細は、今も誰も知らない。


 ただ——轟音と共に、龍の動きが止まった。


 龍があった場所で、何かが一点に向かって際限なく集まり始めた。


 圧縮され、濃縮され、これ以上溜め込めば全てを呑み込んで弾けるとしか思えない密度まで、膨れ上がっていく。


 それを抑え込むように封じたものが——断律球だんりつきゅうだった。


 封律塔ふうりつとうが、その重さを支えた。


 龍は、消えた。


 どこへ、どうなって消えたのか——それを語る伝承は、今も残されていない。


 残ったのは、廃墟と、途方もない喪失と——そして、龍があった場所に今も渦巻き続ける、異常な濃度の力だけだった。


 その力こそが、後に「りつ」と呼ばれるようになったものだ。


 龍が世界に残した力だと、今では誰もがそう信じている。


 そして、この大災害を生き延びた国々のうち、最も多くの戦士と知恵を残していた国が——後の大陸の統一を主導していくことになる。


 後のヴァルメリア帝国だった。


「……それだけの存在が」とヤマトは静かに言った。「復活する、と信じている組織がいる」


 レオンハルトは答えなかった。


「封印を解こうとしている。断律球だんりつきゅうを——壊そうとしている」


断律球だんりつきゅうは壊せない」とレオンハルトが言った。「外界と完全に隔絶されている。どんな攻撃も通じない」


「ああ。だから——別の方法を探しているんだと思う」


 ヤマトはテーブルに指を置いた。


「あの組織が学園の地下にアジトを持っていた。それはつまり——帝国の中枢に近い場所で動いている。情報を集めながら、封印を解く方法を探している」


「……ドランが繋がっている可能性がある」とミヅキが静かに言った。


「ああ」


 三人の間に、重い沈黙が落ちた。


 ヤマトは窓の外を見た。


 夜の空に、封律塔ふうりつとうが白く浮かび上がり、その頂で断律球だんりつきゅうが黒く沈んでいる。


 あの中に、千年前のあの密度が、今も眠っている。


(あの組織の名前も、目的も、まだわからないことだらけだ)


 だが一つだけ、確かなことがある。


「俺たちは——厄介なものを見てしまった」


 ヤマトは静かに言った。


「レオンハルト、ミヅキ。この情報は今は誰にも話すな。ドランに知られれば、次は本当に消されるかもしれない」


 レオンハルトはしばらくヤマトを見ていた。


 それから、小さく頷いた。


「……わかった」


 ミヅキも静かに頷いた。


「ヤマト様、一つだけ聞いてもいいですか」


「何?」


「あの組織は——なぜ龍を復活させたいのでしょう」


 ヤマトは少し考えた。


「それが——一番重要な問いだ。まだ答えは出ない」


 夜が深くなっていく。


 封律塔ふうりつとうの頂で、断律球だんりつきゅうが暗く、静かに輝いていた。


 その内側で、千年前のあの密度が——今もゆっくりと、渦を巻いていた。


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