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龍痣の少女と断罪の双子― IYK物語 ―  作者: ヤニコチンタール人
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17話 「三神」

面白いと感じていただけましたら、ぜひ応援をお願いします。

よろしくお願いします。

 一ヶ月が過ぎた。


 朝の稽古場に立つ二人は、最初の頃とは別人の様だった。


 アイクの剣は変わっていた。

 筋肉の硬直による力任せの一閃ではなく、全身の運動量を瞬時に爆発させる、鋭く軽やかな一閃。

 カゲツの一撃を受け流し、その勢いを借りてカウンターを繰り出す。

 接触から反撃まで、一息もない。


 カゲツは木刀を構えたまま、わずかに目を細めた。


(一ヶ月でここまで来るか)


 押し黙ったまま、また木刀を振るった。


 アイクは受け流した。カウンターが来る。カゲツはそれを受けた。

 ずっしりとした重さが、腕に伝わった。


(剛の本質が、戻ってきた。効率を学んだ上で、剛を解き放っている。これは——)


 カゲツは木刀を下ろした。何も言わなかった。

 だがその表情が、全てを語っていた。


 ヤマトは、既に目隠しを必要としなかった。


 カゲツが木刀を振るう刹那——ヤマトの身体が動いている。

 思考を介していない。

 音でも、気配でも、視覚でもなく——ただ、流れを感じて動いている。


 カゲツの木刀が止まった。

 二人の木刀が、静かに交わったまま動かなかった。


(これ以上、言葉で教えることはない)


 カゲツは木刀を引いた。


「本日の稽古はここまでだ。己の心身を整えなさい」


 稽古が終わった後、アイクは道場の裏の竹林に消えた。


 ヤマトはその背中を見ていた。


(あいつはまだ、納得していない)


 アイクの剣は確かに変わった。

 だが——アイクの目は、まだ何かを探していた。

 水月流で学んだ効率と、自分本来の剛の間で、まだ答えが出ていない。


 今の自分に満足していないアイクの背中が、それを語っていた。


(今は、邪魔をしない方がいい)


「ヤマト様」


 道場の戸口にミヅキが立っていた。


「よろしければ、街へ買い出しに。道場の外の空気も、剣の糧になります」


 ヤマトは少し驚いた。

 修行が始まってから、道場の外に出たことがなかった。


「……そうだな。行こう」


 街へ向かう道は、竹林を抜け、緩やかな坂を下る。

 夕暮れ前の光が、木々の間から差し込んでいた。


 しばらく歩いたとき、ミヅキが足を止めた。


「ヤマト様。一つ伺ってもよろしいでしょうか」


 振り返った目が、静かだった。


「お二人は、剣の腕を磨くためだけにここへ来たのではありませんね」


 ヤマトは少し間を置いた。


 隠し通すことを考えた。

 だが——ミヅキは一ヶ月、二人を見ていた。

 修行の中で見せてしまった焦燥を、この人は全部見ていた。


「……気づいていたか」


「修行の最中、時折見せる焦り。強さへの渇望。剣を磨く理由が、剣の外にあると感じていました」


 ヤマトは静かに話した。


 カレンのこと。セリフィア領で痕跡を失ったこと。封印術の存在。この国に来た理由。


 ミヅキは黙って聞いていた。

 最後まで聞き終えてから、深く頷いた。


「……なるほど。封印術の源流を求めて、ここへ」


「そうだ。この国の将軍家が、その術式を持っているとすれば——何としても接触しなければならない」


「将軍家は」とミヅキは言った。「大武会を通じてしか、近づけません」


「大武会?」


「ええ。ちょうど——告知が出ているはずです」


 街の中心の広場に、人だかりができていた。


 異様な熱気だった。普段の市場の賑わいとは違う。

 人々が固まって、一点を見ている。声が低い。笑い声がない。


 ヤマトは人垣の端から、その視線の先を見た。


 一枚の立て札だった。


 だが——立て札の前に立っている男が、異様だった。


 身長は二メートルを超える。

 鍛え上げられた巨体が、夕暮れの光の中で影を落としている。

 道を歩く人々が、その男の半径三メートル以内に近づかない。

 近づけない、という方が正確だった。


 男は立て札を見ていた。それだけだった。

 何もしていない。ただ立っているだけで——周囲の空気が変わっていた。


「あれは」

 とヤマトは小さな声で言った。


「鬼神グエン様です」

 とミヅキが答えた。


「三神の一人。武器を一切持たず、拳だけで戦われる方です。あの方が本気を出せば——拳が空気を断ち切り、真空の断層が生まれると聞いています」


 ヤマトは目を離せなかった。


 あの男の「格」が、距離を置いても伝わってくる。

 帝都で感じたグラヴィスの圧力とは違う。

 律もスキルもない圧力。純粋な、肉体と意志だけの圧力だった。


(カゲツ師範と——同じ種類の強さだ。いや、あるいは——)


 その瞬間、グエンが顔を上げた。


 ヤマトと目が合った。


 一秒も経たないうちに、グエンは視線を外した。それだけだった。


 だがヤマトの背中に、冷たいものが走った。


(測られた。一瞬で——値踏みされた)


「……強い」


「はい」

 とミヅキは静かに言った。


「真正面の力比べであれば、この国で父上に勝てる方はグエン様だけと言われています」


「カゲツ師範より強いのか」


「純粋な破壊力であれば——はい。父上もそれを認めています。だからこそ、二人は並び立てる」


 立て札の前に近づいた。


 三人の武人の絵が描かれていた。


 一人目——刀を構えた、静謐な侍。

 その目に感情がない。水面のように凪いでいる。


「剣神カゲツ様」

 とミヅキが言った。


 一瞬だけ、その声が柔らかくなった。

「……父上です」


 ヤマトは改めて、その絵を見た。

 一ヶ月、毎日相対してきた人物の絵だ。

 だが絵の中のカゲツは、道場で見るカゲツより——どこか遠い。

 三神という文脈に置かれると、別の存在になる。


 二人目——拳を構えた巨漢。

 絵の中でさえ、圧力がある。今し方、広場で見た男だ。


「鬼神グエン様」


 三人目——影の中に溶けるような人影。

 輪郭が曖昧で、どこを見ているのかわからない。

 絵なのに——視線を感じた。


「影神ヌイ様」

 とミヅキは少し声を落として言った。


「姿を見た者が、ほとんどいない方です。気配を消すのではなく——存在そのものを消すと言われています」


「存在を消す?」


「狙われたと気づいたときには、既に終わっている。それがヌイ様の戦い方です。この国では、ヌイ様に気づけた者がいないとも言われています」


 ヤマトは三枚の絵を見比べた。


(グエン様は力で全てを砕く。カゲツ師範は剣で全てを流す。そしてヌイ様は——そもそも、戦いの土俵に立たせてもらえない)


 三者三様の、頂点だった。


 広場の人々が、立て札の前でざわめいていた。

 出場を名乗り出る者はいない。

 誰もが絵を見て、誰もが黙っている。


 三神の名が、それだけの重みを持っていた。


「この大武会で将軍家に近づける、ということか」


「はい。優勝者には将軍様との謁見が与えられます。それが——唯一の正規ルートです」


 ヤマトは立て札から目を離した。


 広場の向こうで、グエンがまだ立っていた。

 夕暮れの光の中で、その影が長く伸びている。


(あれを越えなければならないのか)


 カゲツ師範と一ヶ月修行した。

 それでも——あの圧力の前では、まだ足りない気がした。


「ヤマト様」


 ミヅキが言った。


「私も出場します。修行を終えたお二人の力に、少しでも添えられれば」


 ヤマトはミヅキを見た。


 凛とした目だった。恐れていない。

 三神の絵を見た後でも、その目は揺れていなかった。


「……助かる。アイク様にも、お伝えください」


「はい」


「あいつに異論はないはずだ」


 空が、完全に暗くなっていた。


 街の油の灯りが、揺れていた。


 ヤマトは竹林の方角を見た。

 アイクはまだ、そこにいるはずだ。

 自分自身と向き合いながら。


(封印術の鍵は、将軍家にある。そこに至る道は——この大武会だ)


 カレンを助けるための道が、ようやく見えた。


 遠い。簡単ではない。


 だが——方角が見えた。


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