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喋る遺体  作者: 瀧口G也
6/8

残ってしまった声

音だけが、残っていた。


 画面は暗い。


 再生は止まっている。


 それでも、頭の中では続いている。


 あの声が。


 西條は、ソファに沈んでいた。


 カーテンは閉めたまま。


 部屋は薄暗い。


 時間の感覚が曖昧になる。


 スマホの通知だけが、何度も光る。


 見ない。


 意味がない。


 何もする気が起きなかった。


 仕事を辞めたのは、三日前だった。


 正確には、辞めさせられた。


 営業。


 数字。


 ミス。


 言い訳。


 全部が積み重なって、最後は何も言えなかった。


「もういいよ」


 上司の声は、やけに軽かった。


 それで終わりだった。


 帰り道の記憶はない。


 気づいたら、この部屋にいた。


 それから外に出ていない。


 腹は減る。


 だが、食べる理由がない。


 眠くなる。


 だが、起きる理由もない。


 ただ時間だけが過ぎていく。


 終わっている、と思った。


 何もかも。


 ふと、スマホを手に取る。


 理由はない。


 ただ、開く。


 動画アプリ。


 おすすめに表示される映像。


 再生する。


 音が流れる。


 低く、落ち着いた声。


 ナレーション。


 どこかで聞いたことのある声。


 画面の内容は、ほとんど頭に入ってこない。


 ただ、その声だけが残る。


 止めようと思った。


 だが、止めなかった。


 声が続く。


 言葉が流れる。


 間がある。


 呼吸がある。


 人の声だ。


 それだけは分かる。


 次の日も、同じ動画を再生した。


 理由はない。


 ただ、そこにあったから。


 何度も聞く。


 同じ言葉。


 同じ声。


 変わらない。


 少しずつ、時間が戻る。


 起きる。


 水を飲む。


 外に出る。


 理由はない。


 ただ——


 続いている声があった。


 気づけば、店に入っていた。


 ナナハン。


 特に理由はない。


 近かった。


 席に座る。


 窓際。


 少し奥まった場所。


 注文をする。


 何を頼んだかは、覚えていない。


 店内に音が流れる。


 軽い音楽。


 そのあとに続く、短いナレーション。


『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』


 西條は、顔を上げる。


 音のする方を見る。


 スピーカー。


 ただの店内放送。


 誰も気にしていない。


 だが。


 確かに、同じだった。


 さっきまで聞いていた声。


 動画の中の声。


 ここにある声。


 同じ声だ。


 どこにでもあるはずの声。


 なのに。


 なぜか、残る。


 西條は、ハンバーガーを一口食べる。


 味は分からない。


 それでも、手は止まらない。


 音が続く。


 声が続く。


 それだけで、十分だった。


 全部が変わったわけじゃない。


 何も解決していない。


 それでも。


 少しだけ、戻った気がした。


 その日から。


 何度か、その店に来るようになった。


 理由はない。


 ただ——


 そこに、その声があった。


 後から知る。


 あの声の主の名前を。


 黒崎恒一。


 だが、その時はまだ。


 名前よりも先に、声だけが残っていた。

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