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喋る遺体  作者: 瀧口G也
4/8

違和感

再生すると、同じ声が戻ってくる。


 小さなノイズのあと、すぐに言葉が続く。


『——だから、それは契約に反してるって言ってるんです』


 西條は、イヤホンを耳に押し込んだまま、目を閉じる。


 署内の空気はざわついているが、音は切り離される。


『いや、問題ない。契約上、こちらの裁量で——』


 落ち着いた声。


 温度が低い。


 感情が見えない。


 昨日と同じだ。


 いや、同じ“すぎる”。


 西條は一度停止し、少し巻き戻す。


 再生。


『問題ない』


 同じ位置、同じ間、同じ抑揚。


 微妙なズレがない。


 人の声なら、少しは揺れる。


 ほんのわずかでも。


 だが——


「……綺麗だな」


 無意識に出た言葉だった。


 イヤホンを外す。


 東が向かいの席で資料をめくっている。


「何がだ」


「音」


 西條はレコーダーを軽く持ち上げる。


「ノイズも少ないし、声も安定してる」


「業務用だ」


「まあな」


 西條は肩をすくめる。


「ただ、ちょっと出来すぎてる気もする」


 東は顔を上げない。


「主観だ」


「だよな」


 西條はそれ以上言わない。


 言葉にした途端、消えてしまう程度の違和感。


 それでも、どこかに残る。


 机の上の資料に目を落とす。


 被害者のプロフィール。


 職業:映像ディレクター。


 制作会社所属。


 担当作品、広告、プロモーション映像。


「音、扱ってるな」


 西條が言う。


「映像だ」


 東が即答する。


「まあ、どっちもか」


 曖昧に返す。


 西條はページをめくる。


 次は関係者一覧。


「まずはここからだな」


 東が言う。


「上から順に当たる」


「了解」


 場所は同じビルの下階。


 管理会社の案内で、住人に話を聞く。


 ドアが開く。


 中から中年の男性が顔を出す。


「警察です。少しお話を」


「ああ……はい」


 男は困惑した表情のまま、ドアを開ける。


 リビングに通される。


「昨日の夜、何か聞こえましたか」


 東が淡々と聞く。


「ええと……」


 男は少し考える。


「話し声は聞こえました」


「どんな内容か」


「普通の会話、ですかね」


 曖昧な答え。


「揉めている様子は」


「いや、特には」


 西條が口を挟む。


「声のトーンとか、気になった点は?」


「いえ、特に」


 迷いのない返答。


 用意されたような、整った答え。


「いつも通り、って感じでした」


 男はそう付け加える。


 東が軽く頷く。


「分かりました。ありがとうございます」


 部屋を出る。


 廊下に出た瞬間、空気が少し軽くなる。


「普通、か」


 西條が言う。


「証言は一致している」


 東はメモを確認する。


「録音の内容とも矛盾しない」


「だな」


 西條は壁に軽く背をつける。


「でもさ」


「何だ」


「“普通”って便利な言葉だよな」


 東は答えない。


 西條は続ける。


「何もなかったことにできる」


「事実に基づく表現だ」


「そうかもな」


 西條は視線を落とす。


 録音の声。


 住人の証言。


 どちらも同じ方向を向いている。


 問題はない。


 矛盾もない。


 整っている。


 整いすぎている。


「……なさすぎる」


 小さく呟く。


「何がだ」


「ズレ」


 西條は顔を上げる。


「全部、ぴったり合ってる」


 東は一瞬だけ視線を止める。


 だが、すぐに戻す。


「それが証拠だ」


「だよな」


 西條は頷く。


 納得したわけではない。


 ただ、そういうことにする。


 今はまだ。


 そうするしかない。


 廊下の奥から、人の気配がする。


 次の証言者。


 同じ話になるだろう。


 そう思いながら、西條は歩き出す。


 その違和感が、消えないまま。

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