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喋る遺体  作者: 瀧口G也
3/9

現場は語らない

現場は、静かだった。


 マンションの一室。


 ドアは開いたまま。


 中に入ると、空気が止まっているように感じる。


「荒れてないな」


 西條が言う。


 視線をゆっくりと動かす。


 床も、家具も、整っている。


 争った形跡はない。


「侵入の痕跡もない」


 東が続ける。


 鍵は壊されていない。


 窓も閉まっている。


「顔見知り、か」


「その可能性が高い」


 短いやり取り。


 それで十分だった。


 奥の部屋へ進む。


 そこに、遺体がある。


 男性。


 仰向け。


 目は閉じられている。


 苦しんだ様子は、あまりない。


「綺麗すぎるな」


 西條が呟く。


「どういう意味だ」


「いや」


 少しだけ言葉を探す。


「“何もなさすぎる”って感じ」


 東は遺体を見る。


 表情、姿勢、周囲の状態。


「急所を狙われている」


「一撃か」


「その可能性が高い」


 西條は周囲を見渡す。


 生活感はある。


 だが、乱れがない。


「普通すぎるな」


「何がだ」


「部屋」


 東は答えない。


 その“普通”が、何を意味するのか分かっている。


 キッチン。


 洗い物は少ない。


 ゴミも溜まっていない。


 整理されている。


「几帳面なタイプか」


「少なくとも、雑ではない」


 東が言う。


 西條は頷く。


 視線をテーブルへ移す。


 ノートパソコン。


 開いたまま。


 画面は暗い。


 横に、ICレコーダーが置かれている。


「……これ」


 西條が手に取る。


「業務用か」


「だろうな」


 電源を確認する。


 ランプが点く。


「残ってる」


 東が言う。


「再生するか」


「現場でか?」


「確認だけ」


 西條は少し考え、ボタンを押す。


 小さなノイズ。


 すぐに、音声が流れる。


『——だから、それは契約に反してるって言ってるんです』


 男の声。


 苛立ちが混じっている。


『いや、問題ない。契約上、こちらの裁量で——』


 別の声。


 落ち着いている。


 感情が薄い。


「……揉めてるな」


 西條が言う。


 東は何も言わず、聞いている。


『問題ない、って何回も言ってますよね』


 同じ言葉が繰り返される。


 “問題ない”。


 その一言が、妙に残る。


『現場は困ってるんですよ』


『問題ない』


 間がある。


 短い沈黙。


 そのあと。


『……分かりました』


 そこで、音声は途切れる。


 西條は再生を止める。


「契約トラブル、か」


「動機としては十分だ」


 東が言う。


 西條は、レコーダーを見つめる。


「この声」


「何だ」


「いや」


 少しだけ首を傾げる。


「妙に落ち着いてるなって」


「交渉の場だ」


「まあな」


 西條はそれ以上言わない。


 だが、どこかに引っかかる。


 理由は分からない。


 言葉にもならない。


 それでも、残る。


 東が立ち上がる。


「関係者を当たる」


「だな」


 西條も立ち上がる。


 もう一度、部屋を見渡す。


 やはり、綺麗だ。


 何も起きていないみたいに。


 ただ一つ。


 人が死んでいることを除けば。


 西條は、ふとレコーダーに目を落とす。


 さっきの声。


 落ち着いた声。


 繰り返された言葉。


 ——問題ない。


「……本当かよ」


 小さく呟く。


 誰にも聞こえない。


 ただ、その言葉だけが、残った。

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