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喋る遺体  作者: 瀧口G也
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心に残る声

 『問題ありません』


 倉庫中に、黒崎恒一の声が響いている。


 低く。

 落ち着いていて。

 完璧な声。


 だが。


 もう西條には、それが“人間の声”に聞こえなかった。


 ただ。


 終われない誰かの残響みたいだった。


「三崎健吾」


 東が静かに前へ出る。


「殺人及び死体損壊等関連容疑で拘束する」


 三崎は笑った。


 疲れ切った顔だった。


「損壊?」


 小さく呟く。


「違う」


「私は、保存したんです」


 西條は歯を食いしばる。


「もういい」


「お前のそれは、“本人”じゃない」


 三崎の目が揺れる。


「違う!」


 倉庫に声が響く。


 初めてだった。


 感情が剥き出しになったのは。


「黒崎恒一は、声だった!」


「なら、声が残れば存在も残る!」


 西條は静かに言った。


「……じゃあなんで」


 三崎が止まる。


「なんで、本人は死んでるの隠した」


 沈黙。


 機械音だけが響く。


 西條は続ける。


「“声だけでいい”なら」


「死んだって公表しても成立したはずだ」


 三崎は答えない。


 西條は、一歩前へ出る。


「怖かったんだろ」


 低い声。


「“死んだ”って知られた瞬間」


「全部偽物になる気がした」


 三崎の表情が崩れる。


 西條は、もう止まらなかった。


「結局お前」


「黒崎恒一を残したかったんじゃない」


「“終わらせたくなかった”だけだ」


 倉庫の空気が静まり返る。


 三崎は、ゆっくりと座り込んだ。


 その顔から。


 狂気が剥がれていく。


「……分からないですよ」


 小さな声だった。


「毎日、声が届くんです」


『問題ありません』


 スピーカーから声が流れる。


 三崎は、その声を見つめていた。


「昨日まで生きてた人間が」


「急に消えるなんて」


「認められますか?」


 西條は答えない。


 答えられなかった。


 分からなくはない。


 黒崎恒一は。


 本当に、多くの人の中に残っていた。


 だから。


 終わりを受け入れられなかった。


 でも。


 それでも。


「……人は死ぬんだよ」


 西條が静かに言う。


 三崎が顔を上げる。


「声が残っても」


「作品が残っても」


「本人は、死ぬ」


 静かな声だった。


 倉庫の中。


 誰も喋らない。


 その時。


 東の無線が鳴った。


「こちら東」


『報道各社、動き始めています』


「了解」


 短く返答。


 東は西條を見る。


「公表される」


 西條は、小さく頷いた。



 翌日。


 ニュース速報が日本中を駆け巡った。


『声優・黒崎恒一、三ヶ月前に死亡していたことが判明』


『AI音声による活動継続』


『制作会社副社長を逮捕』


 ネットは混乱していた。


『嘘だろ』

『昨日も声聞いたぞ』

『本人だと思ってた』

『怖すぎる』


 西條は、署の休憩室でニュースを見ていた。


 テレビから、黒崎恒一の過去映像が流れる。


 若い頃の声。


 ナレーション。


 アニメ。


 全部。


 確かに、生きていた。


「……終わったな」


 西條が呟く。


 東は缶コーヒーを開けながら言う。


「事件はな」


「お前ほんと淡白だな」


「事実を整理しているだけだ」


 西條は苦笑する。


 その時。


 テレビから、ある映像が流れた。


 ナナハン店内。


 黒崎恒一のCM。


『本日より発売です』


 西條の動きが止まる。


 アナウンサーが説明している。


『ナナハン側は、CM放送を当面継続すると発表しました』


 西條は、ゆっくり画面を見る。


 変わらない声。


 死んでも流れ続ける声。


「……残るんだな」


 小さく呟く。


 東が言う。


「データは残る」


「そうじゃなくて」


 西條は笑う。


「もっとこう……」


 言葉を探す。


 だが。


 うまく見つからない。



 夜。


 西條は、一人でナナハンへ来ていた。


 窓際の席。


 いつもの場所。


 そこに。


 黒崎美沙子が座っていた。


 西條に気づき、小さく頭を下げる。


「……こんばんは」


「どうも」


 西條は向かいへ座る。


 少しだけ沈黙。


 店内には、いつもの音が流れている。


 そして。


『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』


 黒崎恒一の声。


 美沙子は、静かに目を閉じた。


 西條は、その横顔を見る。


 泣いてはいない。


 でも。


 確かに、そこに“喪失”があった。


「……止めなくて良かったんですか」


 西條が聞く。


 美沙子は、少しだけ笑う。


「この人」


 スピーカーを見上げる。


「ナナハン、本当に好きだったから」


 西條は、小さく笑った。


「やっぱり」


「ええ」


 美沙子は頷く。


「毎回、新作を楽しみにしてました」


 その言葉を聞いた瞬間。


 西條の胸の奥で。


 何かが、静かに終わった気がした。


 AIじゃない。


 機械じゃない。


 そこにいたのは。


 ちゃんと“人間”だった。


 西條は、流れる声を聞く。


 変わらない声。


 でも。


 その奥に。


 確かに誰かの人生が残っている。


 西條は、小さく呟いた。


「……心に残るって」


 美沙子が視線を向ける。


 西條は、少し笑った。


「こういうことなんですね」


 店内には、また声が流れる。


 誰も気にしない。


 誰も立ち止まらない。


 それでも。


 黒崎恒一の声は。


 確かに、誰かの中に残り続けていた。

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