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喋る遺体  作者: 瀧口G也
22/24

声の殺意

 副社長・三崎健吾の行方は、すぐには掴めなかった。


「連絡が取れません」


 制作会社のスタッフは顔を青くしていた。


「イベント後から姿が……」


 東は短く指示を出す。


「端末位置情報を追う」


「関係先洗い出し」


 署内が慌ただしく動き始める。


 西條は、机の前で立ったまま動かなかった。


 頭の中で、黒崎恒一の声が反復している。


『問題ありません』


 あの声。


 もう本人じゃない。


 なのに。


 ずっと“本人”として扱われてきた。


「……気持ち悪ぃ」


 思わず漏れる。


 東が資料を持って現れる。


「三崎の通話履歴だ」


 西條が受け取る。


 大量の発信記録。


 その中に。


 事件当日の、被害者ディレクターへの通話。


「……多いな」


「AI音声接続ログと一致した」


 東が言う。


「時間的に、三崎が黒崎AIを利用していた可能性が高い」


 西條は眉を寄せる。


「でも、なんでそこまでして」


「被害者は気づいていた」


 東が静かに言う。


「黒崎恒一が、既に死亡していることに」


 西條は息を呑む。


 確かに。


 あのディレクターは、最初に違和感へ触れていた。


 “綺麗すぎる声”。


 “変わらない波形”。


「口封じか」


「可能性は高い」


 西條は、ゆっくり椅子へ座る。


「……つまり」


「死人の声で、死人を増やしたってことか」


 東は否定しない。



 その時。


 若い刑事が駆け込んでくる。


「東さん!」


「何だ」


「三崎の車、見つかりました!」



 場所は、湾岸エリアだった。


 人気のない倉庫街。


 雨が降り始めている。


 パトカーの赤色灯が、濡れた地面へ反射していた。


「……逃げ場ないだろ、ここ」


 西條が呟く。


 東は車を降りる。


「慎重に行く」


 倉庫の奥。


 一台の黒い車。


 運転席は空。


 だが。


 倉庫の中から、音が聞こえる。


 声だった。


『問題ありません』


 西條の表情が凍る。


「……またかよ」


 東が銃へ手をかける。


 ゆっくり進む。


 倉庫のシャッターは半開きだった。


 中は暗い。


 機材だけが光っている。


 そして。


 中央。


 三崎健吾が座っていた。


 大量の機材に囲まれて。


 スピーカー。

 サーバー。

 音声データ。


 まるで、小さなスタジオだった。


「三崎健吾」


 東が静かに言う。


「殺人容疑で事情聴取を行う」


 三崎は、ゆっくり顔を上げる。


 穏やかな笑み。


 だが。


 もう整っていなかった。


「……やはり、辿り着きましたか」


 西條は周囲を見る。


 全部、黒崎恒一だった。


 音声データ。

 収録ログ。

 会話モデル。


 死んだ人間の声が、倉庫中に溢れている。


「何やってんだよ、お前」


 西條が言う。


 三崎は静かに笑った。


「守っていたんですよ」


「何を」


「黒崎恒一を」


 西條の顔が歪む。


「ふざけんな」


「あなた達に何が分かるんです」


 三崎の声が初めて揺れた。


「黒崎恒一は、“声”そのものだった」


「死んだ瞬間に終わらせていい人じゃない」


 西條は一歩前へ出る。


「だから死人使って金稼ぎしたのか?」


 三崎の目が細くなる。


「違う」


「これは継承です」


「新しい才能の形だ」


 倉庫に声が響く。


『問題ありません』


 三崎は、その声を聞きながら言う。


「見てください」


「誰も違和感を持たなかった」


「ファンは喜び続けた」


「作品は続いた」


「黒崎恒一は、死んでなお必要とされた」


 西條は歯を食いしばる。


「……本人は」


 三崎が止まる。


 西條は続けた。


「本人は、それ望んでたのかよ」


 沈黙。


 初めて。


 三崎が言葉を失う。


 西條は、さらに踏み込む。


「声残したかっただけだろ」


「なのにお前」


「“人格”まで勝手に動かした」


 三崎の呼吸が乱れる。


「違う……」


 小さく呟く。


「私は、完成させただけだ」


「完成?」


 西條が笑う。


 乾いた笑いだった。


「死体に喋らせてか?」


 その瞬間。


 三崎の顔から、全部の余裕が消えた。


「……そうですよ」


 低い声。


「喋りますよ、死体でも」


 倉庫の機械音が響く。


 三崎は、静かに狂っていた。


「人は、“声”を求める」


「存在なんて関係ない」


「そこに黒崎恒一の声があれば」


「みんな、満足する」


 西條は寒気を覚える。


 この男は。


 本気で信じている。


「だからディレクターを殺したのか」


 東が静かに聞く。


 三崎は笑う。


「気づいたからですよ」


「彼は、“ズレ”を見つけた」


「壊されるわけにはいかなかった」


 西條は拳を握る。


「……最低だなお前」


 三崎は答えない。


 代わりに。


 倉庫中のスピーカーから、黒崎恒一の声が流れた。


『問題ありません』


 その瞬間。


 西條は、初めてその声を“悲鳴”みたいだと思った。

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