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喋る遺体  作者: 瀧口G也
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死後継続

 誰も、すぐには喋れなかった。


 部屋には、機械音だけが残っている。


 低い駆動音。


 パソコンのファン。


 そして。


『問題ありません』


 黒崎恒一の声。


 死体の横で。


 変わらず、流れ続けていた。


 西條は、ベッドの前に立ったまま動けない。


 頭が理解を拒んでいる。


 死んでいる。


 確かに。


 目の前の男は死んでいる。


 なのに。


 仕事を続けている。


「死亡時期は」


 東が静かに言う。


 美沙子は涙を拭った。


「……三ヶ月前です」


 西條の目が見開く。


「三ヶ月?」


「はい」


 掠れた声。


「でも、この人……」


 美沙子は黒崎恒一を見る。


「最後まで、“終わりたくない”って」


 部屋の奥。


 大量の録音データ。


 日付。


 台本。


 AI学習ログ。


 東が静かに確認していく。


「……事前収録」


「音声パターン学習」


「感情分類」


 西條は、ゆっくり振り向く。


「全部、黒崎本人が?」


 美沙子は頷いた。


「喉の癌が分かったあと」


「少しずつ、準備していました」


 静かな声だった。


「“声だけは残る”って」


 西條は、黒崎恒一を見る。


 痩せた身体。


 動かない胸。


 だが。


 声だけは、生きている。



 東がパソコン画面を見る。


 そこには、会話ログが並んでいた。


『問題ありません』

『順調です』

『認識の違いです』


 西條が苦笑する。


「だから同じだったのか……」


「回答優先パターンだな」


 東が言う。


「短時間応答用に最適化されている」


「人間っぽさより、破綻回避優先ってことか」


「そうなる」


 西條は椅子へ座り込む。


 頭が重い。


「……じゃあ」


 ゆっくり顔を上げる。


「今まで喋ってたの、全部AI?」


 美沙子が答える。


「全部ではありません」


 西條の視線が動く。


「最初は、この人が喋ってました」


 静かな声。


「でも、途中から……」


 続きが言えない。


 東が代わりに確認する。


「死後も運用を継続した」


 美沙子は、小さく頷いた。


「……仕事を止めたくなかったんです」


 西條は目を閉じる。


 ナナハンの声。


 映画。


 イベント。


 全部。


 死後の音声。


「世間は知らないのか」


 東が聞く。


「……はい」


 美沙子は震える声で答える。


「公表したら、この人の声が止まる気がして」


 西條は、ゆっくり息を吐く。


 理解できなくはない。


 黒崎恒一は。


 本当に“声”で生きてきた人だった。


 顔じゃない。


 存在感じゃない。


 声そのもの。


 だから。


 最後に残したかった。


 自分自身を。



 その時。


 東の視線が止まる。


「……これは何だ」


 モニター。


 会話ログの別ファイル。


 大量の通話履歴。


 その中に。


 被害者ディレクターの名前。


 西條が立ち上がる。


「……事件当日のやつか」


 東が開く。


 音声ログ。


 再生。


『問題ありません』


 同じ声。


 だが。


 次の瞬間。


 別の声が入る。


『これで、アリバイは成立します』


 西條の顔色が変わる。


「……今の」


 東が停止する。


 無音。


「黒崎恒一じゃない」


 西條が言う。


 東は頷く。


「三崎だ」


 副社長。


 整いすぎた男。


 西條の脳裏で、全部が繋がる。


 事件。


 録音。


 アリバイ。


 AI音声。


「……利用したのか」


 西條が呟く。


「死人の声を」


 東はログを確認する。


「事件当日、黒崎恒一AIを利用した通話記録が複数ある」


「時間操作も可能だ」


 西條は、ゆっくり振り返る。


 黒崎恒一。


 動かない身体。


 それでも。


 声だけは、誰かに使われていた。


 死後も。


 ずっと。


「……最悪だろ」


 掠れた声。


 美沙子が顔を上げる。


「え……?」


 西條は、怒りを押し殺すみたいに言った。


「この人、自分の声を残したかっただけなんだろ」


 静かな部屋。


 西條は続ける。


「なのに」


「それを、“犯罪”に使った」


 東が立ち上がる。


「副社長・三崎健吾」


 静かな声。


「重要参考人から、被疑者へ切り替える」


 西條は、黒崎恒一を見る。


 死んでいる。


 もう喋れない。


 なのに。


 誰よりも喋らされ続けていた。


 西條は、小さく呟いた。


「……あんた」


 ナナハンの声。


 イベントの声。


 電話の声。


 全部、繋がっている。


「死んでからも、働かされてたのかよ」


 部屋のスピーカーから。


 また声が流れる。


『問題ありません』


 西條は、ゆっくり目を閉じた。


 その声だけが。


 悲しいくらい、変わらなかった。

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