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喋る遺体  作者: 瀧口G也
20/24

存在しない死体

 イベント終了後。


 会場の熱気だけが、まだ残っていた。


 観客たちは笑顔で帰っていく。


「黒崎さん最高だった」

「やっぱ声変わらないよね」

「生で聞けて泣きそうだった」


 西條は、その声を聞きながら歩いていた。


 胸の奥が、妙に冷えている。


「……生で、ね」


 小さく呟く。


 東は隣を歩いたまま言う。


「感情論に流されるな」


「分かってるよ」


 西條は苦笑する。


「でも、逆に怖いだろ」


「何がだ」


「みんな、本物だと思ってる」


 東は答えない。


 それが一番恐ろしかった。


---


 署へ戻る。


 深夜。


 人は少ない。


 西條は机へ座るなり、黒崎恒一の記事を開き始めた。


「……あった」


 古いインタビュー。


 十年以上前。


『ナナハン限定・メガクラシックバーガーが好き』


 西條は、目を細める。


「ほらな……」


 あの時。


 控室の“黒崎恒一”は答えられなかった。


 本物なら。


 絶対に忘れない。


 それくらい有名な話だった。


「東」


 資料を見ていた東が顔を上げる。


「見ろ」


 スマホを差し出す。


 東は記事を読む。


 数秒。


「……一致しないな」


「だろ?」


 西條は椅子にもたれる。


「本人じゃない」


 その言葉を口にした瞬間。


 部屋の空気が変わった。


 軽い推測ではなくなる。


 現実味を持ち始める。


「だが」


 東が静かに言う。


「それだけでは不十分だ」


「分かってる」


 西條は頭を掻く。


「全部、違和感だけだ」


「証拠にならない」


 東は頷く。


「必要なのは事実だ」


 静かな声。


 西條は天井を見る。


「……じゃあさ」


「何だ」


「黒崎恒一、今どこに住んでる?」


---


 資料確認。


 登録住所。


 高級マンション。


 都内。


 西條は眉を寄せる。


「……近いな」


「移動する」


 東が立ち上がる。


---


 深夜のマンションは静かだった。


 警備員が眠そうな顔で対応する。


「黒崎恒一さんですか?」


「最近、お見かけになりました?」


 東が聞く。


 警備員は少し考える。


「……最近は、あまり」


「どれくらい」


「半年、くらいですかね」


 西條と東の視線が合う。


「荷物の出入りは?」


「奥様が」


 西條の表情が変わる。


「奥さんいるんだ」


「ええ」


 警備員は自然に答える。


「とても上品な方ですよ」


 西條の脳裏に。


 ナナハンの女性が浮かぶ。


 窓際。

 静かな姿勢。

 止まる動き。


「……名前は?」


 警備員は答える。


「黒崎美沙子さんです」


 西條の喉が小さく動いた。


 確定だった。


---


 エレベーター。


 静かな上昇音。


 西條は壁にもたれている。


「……あの人か」


「可能性は高い」


 東は短く言う。


「毎日ナナハン行ってた理由」


「黒崎恒一の声だ」


 西條は息を吐く。


「聞きに行ってたのか」


 東は答えない。


 だが。


 否定しなかった。


---


 部屋の前。


 インターホン。


 西條が押す。


 沈黙。


 数秒後。


 小さな声。


「……はい」


 あの女性だった。


「警察です」


 西條が言う。


「少し、お話を」


 沈黙。


 長い。


 そして。


 鍵が開く音。


 扉がゆっくり開いた。


 黒崎美沙子。


 ナナハンで見た時と同じ。


 静かな表情。


 疲れた目。


「夜分にすみません」


 東が言う。


 美沙子は小さく頷く。


「……どうぞ」


 部屋へ入る。


 静かだった。


 異常なくらい。


 生活音がない。


 西條は、ゆっくり周囲を見る。


 整理された室内。


 綺麗すぎる空間。


 そして。


 リビングの奥。


 閉じられた扉。


 その向こうから。


 微かに。


 声が聞こえた。


『問題ありません』


 西條の全身が止まる。


 東の視線も動く。


 まただ。


 同じ声。


 同じ温度。


 同じ言葉。


 美沙子は静かに言った。


「……まだ、仕事中なんです」


 西條は、ゆっくり扉を見る。


 閉じられた部屋。


 その向こう。


 黒崎恒一がいる。


 そのはずだった。


 だが。


 西條は、なぜか確信していた。


 そこには。


 もう、“死体”しかない。

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