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喋る遺体  作者: 瀧口G也
19/24

沈黙

 空気が、止まった。


 西條の言葉が、控室に残っている。


『本当に、生きてるのか?』


 三崎の表情から、初めて笑みが消えた。


「西條」


 東の声。


 低い制止。


 だが、西條は視線を逸らさない。


 ソファに座る黒崎恒一。


 帽子。

 マスク。

 サングラス。


 顔は見えない。


 なのに。


 “隠している”というより。


 “見せられない”ように感じた。


 沈黙。


 長い。


 異常なくらい長い。


 そして。


『……面白いことを言いますね』


 声が返る。


 低く、落ち着いた声。


 完璧な声。


 だが。


 西條は、もう騙されない。


 その声には。


 体温がなかった。


「質問に答えてください」


 西條が言う。


『私は、ここにいます』


 まただ。


 答えていない。


 “いる”。


 それだけ。


 東が静かに口を開く。


「最近、公の場へ出ていなかった理由は」


『体調管理です』


「診断名は」


 一瞬。


 ノイズ。


 本当に微かな、電子音みたいな乱れ。


 西條の目が動く。


『……加齢によるものです』


 遅い。


 答えが。


 選ばれている。


 西條は確信に近づいていた。


「黒崎さん」


『はい』


「昔のナナハン限定バーガー、覚えてます?」


 三崎が、西條を見る。


 鋭く。


 初めて感情が乗った視線だった。


 だが、西條は止まらない。


「ファンの間で有名だったじゃないですか」


 沈黙。


 長い。


 長すぎる。


 東が静かに西條を見る。


 その沈黙だけで、十分だった。


 普通じゃない。


『……好きでしたよ』


 返答。


 だが。


 西條は、小さく笑った。


「名前は?」


 静止。


 完全な静止。


 部屋の空気そのものが止まったみたいだった。


 三崎が一歩前へ出る。


「西條さん」


 声が低い。


「本日はその辺りで」


「答えられないんですか?」


 西條は視線を逸らさない。


 ソファの黒崎恒一。


 動かない。


 微動だにしない。


 呼吸音すら、聞こえない。


 東が静かに言う。


「西條」


 だが。


 西條は止まれなかった。


「黒崎恒一なら」


 ゆっくりと言う。


「絶対覚えてるだろ」


 ナナハン好き。


 昔からの都市伝説。


 ファンなら知っている。


 限定バーガーの話を、本人が曖昧に返すはずがない。


 沈黙。


 長い。


 異常な沈黙。


 そして。


『……記憶違いかもしれません』


 西條は、息を止めた。


 違う。


 今のは。


 “黒崎恒一”じゃない。


 もっと別の。


 何かだった。


「……誰だよ」


 小さく呟く。


 三崎が前に出る。


「今日は終了です」


 笑顔はない。


 声だけが整っている。


「黒崎さんもお疲れですので」


 東が立ち上がる。


「失礼しました」


 西條は動かない。


 視線だけが、ソファへ向いている。


 黒崎恒一。


 いや。


 “黒崎恒一の声”。


 そこにあるのは、本当に人間なのか。


「西條」


 東がもう一度呼ぶ。


 西條は、ゆっくり立ち上がった。


---


 廊下。


 扉が閉まる。


 西條は壁にもたれた。


「……おかしい」


 小さく呟く。


「何がだ」


 東は静かだった。


「全部だよ」


 西條は顔を上げる。


「答え方」


「間」


「沈黙」


「全部、“会話”じゃない」


 東は黙って聞いている。


「質問に対して、答えを探してる」


「思い出してる感じじゃない」


 西條は息を吐く。


「検索してるみたいなんだよ」


 東は数秒黙ったあと、静かに言う。


「……AI音声生成モデル」


 西條が視線を向ける。


「条件反射的返答は可能」


「だが、未知の質問に弱いケースがある」


「お前」


 西條は乾いた笑いを漏らす。


「もう完全にそっち疑ってるだろ」


 東は否定しない。


 代わりに。


「だが証拠がない」


 それだけを言う。


 西條は黙る。


 正しい。


 全部、違和感だけだ。


 確証はない。


 でも。


 もう戻れない。


「……なあ」


「何だ」


「もし、本当にAIだったら」


 西條はゆっくり言う。


「黒崎恒一は、どこにいる?」


 東は答えない。


 静かな廊下。


 遠くでイベント開演の拍手が響く。


 歓声。


 熱狂。


 その中心で。


 “黒崎恒一”は今も喋っている。


 声だけで。


 まるで。


 死んでも続いているみたいに。

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