喋る遺体
「誰を、か」
西條は、防犯映像を見つめたまま呟いた。
画面の中の女性は、静かに座っている。
店内CM。
黒崎恒一の声。
その瞬間だけ。
時間が止まったみたいに動かなくなる。
「毎日来てるんだよな」
西條が言う。
店長が頷く。
「ほぼ毎日です」
「注文は?」
「いつも同じですね」
「何を」
「コーヒーと、小さいポテトだけ」
西條は映像を巻き戻す。
再生。
女性は声を聞いている。
ただ、それだけ。
「……待ってるみたいだな」
無意識に出た言葉だった。
東は答えない。
だが否定もしない。
---
署へ戻る頃には、外は暗くなっていた。
西條は缶コーヒーを片手に椅子へ座る。
「なあ」
「何だ」
「もしさ」
西條は缶を机に置く。
「黒崎恒一が、もう表に出られない状態だったとして」
東は黙っている。
「それでも仕事だけは続いてる」
「声だけで」
静かな空気。
西條は続ける。
「それ、成立すると思うか?」
「技術的には可能だ」
東が言う。
「AI音声技術は既に実用段階にある」
西條は苦笑する。
「お前、さらっと怖いこと言うな」
「事実だ」
東は資料を開く。
「大量の音声データがあれば、本人に近い発声生成は可能」
「近い、どころじゃないだろ」
西條は天井を見る。
「俺、普通に本人だと思ってたぞ」
「だから成立する」
短い返答。
西條は黙る。
頭の中で、いくつもの声が繋がる。
『問題ありません』
『順調です』
『認識の違いです』
綺麗すぎる返答。
同じ温度。
同じ間。
「……でもさ」
西條はゆっくり言う。
「もしそうなら」
「誰が動かしてる?」
東は視線を上げる。
西條は続ける。
「黒崎恒一の声を使って」
「誰かが喋ってるってことだろ」
東は数秒黙る。
そのあと。
「可能性の話なら、そうなる」
「だよな」
西條は苦笑する。
笑っているのに、寒気がしていた。
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その時。
東のスマホが震えた。
着信。
制作会社。
東が通話に出る。
「東です」
数秒。
東の表情が変わる。
「……分かりました」
通話が切れる。
「何だ?」
西條が聞く。
東は静かに言った。
「黒崎恒一が、公の場に出る」
西條が固まる。
「は?」
「映画完成披露イベント」
東は続ける。
「三日後」
沈黙。
西條はゆっくり立ち上がる。
「……出てくるのか?」
「らしい」
「本人が?」
「そう説明されている」
西條は笑いそうになる。
だが笑えない。
「タイミング良すぎだろ……」
「確認する価値はある」
東は即答する。
西條は額を押さえる。
頭の奥がざわついていた。
もし、黒崎恒一が普通に現れたら。
全部、勘違いになる。
ただの思い込み。
ただの違和感。
それで終わる。
だが。
終わる気がしなかった。
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深夜。
西條は一人で、録音データを聞いていた。
『問題ありません』
止める。
『順調です』
止める。
『認識の違いです』
止める。
静かすぎる。
綺麗すぎる。
まるで。
“死なない声”みたいだった。
西條は、ふとスマホを開く。
黒崎恒一。
検索。
若い頃の記事。
昔のインタビュー。
ファンのコメント。
『声が変わらない』
『ずっと同じ』
『安心する』
画面をスクロールする。
その途中。
ある記事で指が止まった。
『黒崎恒一、喉の不調でイベント延期』
数年前の記事。
西條の眉が動く。
開く。
短い内容だった。
精密検査。
しばらく静養。
だが、その後。
活動再開。
「……喉」
西條は小さく呟く。
その瞬間。
頭の中で、何かが繋がりかける。
喉。
声。
変わらない。
変われない。
西條は、ゆっくりと息を吐いた。
「……まさか」
言葉になりかける。
だが。
まだ確信には届かない。
西條は、もう一度録音を再生する。
『問題ありません』
低く、落ち着いた声。
完璧な声。
まるで。
時間が止まったみたいに。
変わらない声。
西條は、静かな部屋の中で呟いた。
「……これ、生きてる声か?」
その問いだけが。
暗い部屋に残り続けた。




