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喋る遺体  作者: 瀧口G也
16/24

変わらない声

 「変わりませんね」


 女性は、そう言った。


 店内では、また同じ声が流れている。


『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』


 低く、落ち着いた声。


 変わらない声。


 西條は女性を見つめる。


「……黒崎恒一、好きなんですか」


 自然に出た言葉だった。


 女性は少しだけ笑う。


「ええ」


 静かな返答。


「長い間、聞いていますから」


 その言い方が、妙に引っかかった。


 “ファン”とは少し違う。


 もっと近い。


 もっと静かな距離感。


「有名ですよね」


 西條は探るように言う。


「昔から」


「そうですね」


 女性は視線を落とす。


「ずっと、変わらない声です」


 また、その言葉。


 変わらない。


 西條はポテトを一本つまむ。


 だが、食べる気になれない。


「……最近、会いました?」


 女性の手が止まる。


 本当に、一瞬だけ。


 だが。


 確かに止まった。


 西條は見逃さない。


「黒崎恒一に」


 店内の音が遠くなる。


 女性はゆっくりと顔を上げた。


 表情は穏やかだった。


 だが。


 目だけが、少し疲れていた。


「どうして、そんなことを?」


 質問で返される。


 西條は苦笑する。


「仕事柄です」


「刑事さんでしたね」


「はい」


 女性は静かに頷く。


 そのあと。


 小さく言った。


「最近は、お忙しいみたいですよ」


 曖昧な答え。


 だが、否定ではない。


「会ってない?」


 西條が重ねる。


 女性は答えない。


 代わりに。


 店内へ流れる声を聞いている。


『本日より発売です』


 ナレーションが終わる。


 女性は、小さく微笑んだ。


「……素敵な声ですよね」


 西條は黙る。


 その答えは。


 質問への返事になっていなかった。


---


 署へ戻ると、東が資料を読んでいた。


「遅い」


「悪い」


 西條は椅子へ座る。


「ナナハン寄ってた」


「またか」


「例の女性いた」


 東の視線が上がる。


「話したのか」


「少しな」


 西條は腕を組む。


「黒崎恒一の話したら、妙だった」


「具体的に言え」


「……うまく言えない」


 東はため息をつく。


「主観が多い」


「分かってるよ」


 西條は苦笑する。


「でも、“知ってる側”の空気だった」


 東は何も言わない。


 西條は続ける。


「ファンって感じじゃない」


「近い人間の話し方」


 静かな沈黙。


 東は資料を閉じる。


「身元確認は」


「まだ」


「なら進める」


 東は立ち上がる。


「ナナハンの防犯映像を確認する」


「お、珍しく動くじゃん」


「確認できるものは確認する」


 西條は笑う。


「そういうとこ好きだわ」


 東は無視した。


---


 翌日。


 ナナハン本部。


 バックヤードで映像確認が始まる。


 店長が緊張した様子で説明していた。


「こちらが店内カメラです」


 映像が再生される。


 昼。


 夜。


 客の出入り。


 西條は画面を見つめる。


「あ、いた」


 女性。


 窓際。


 同じ席。


「毎日来てるな」


 西條が呟く。


 店長が頷く。


「ここ最近は特に」


「一人で?」


「はい」


 映像が進む。


 女性は、毎回ほぼ同じ時間に現れる。


 同じ席に座る。


 同じ方向を見る。


 そして。


 店内CMが流れる時だけ。


 動きが止まる。


 西條の表情が変わる。


「……なんだこれ」


 映像の中の女性。


 声が流れる度に。


 静止するみたいに、動きが止まっている。


 東は無言で画面を見ている。


 西條は巻き戻す。


 再生。


 また止まる。


 もう一度。


 やはり同じだった。


『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』


 声。


 その瞬間だけ。


 女性は、まるで“聞くこと”以外を忘れているみたいだった。


「……この人」


 西條が呟く。


「何待ってるんだ?」


 東は静かに言う。


「あるいは」


 西條が視線を向ける。


 東は画面を見たまま続けた。


「誰を、だ」


 その言葉だけが。


 静かに残った。

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