ズレ
通話が終わったあとも。
会議室には、妙な静けさが残っていた。
西條は椅子に座ったまま動かない。
録音機のランプだけが小さく点滅している。
「……聞いたか?」
小さく呟く。
東は機材の電源を落としながら答える。
「何をだ」
「最後」
西條は顔を上げる。
「ナナハンの話した時」
東は数秒考える。
「間があった」
「だろ?」
西條は即座に言う。
「今までと違った」
東は否定しない。
ただ、淡々と言う。
「質問内容が想定外だった可能性はある」
「そうじゃない」
西條は首を振る。
「なんていうか……」
言葉を探す。
「“考えてる”感じじゃなかった」
「では何だ」
西條は、しばらく黙る。
そして。
「検索してるみたいだった」
静かな沈黙。
東の動きが、ほんのわずかに止まる。
「根拠は」
「ない」
西條は苦笑する。
「でも、変だった」
東は録音機を持ち上げる。
「確認する」
---
再生。
『……ええ』
ナナハンが好きか、という質問への返答。
低く、落ち着いた声。
自然だ。
普通に聞けば、何もおかしくない。
だが。
西條は眉を寄せる。
「この“間”だよ」
巻き戻す。
再生。
また止める。
「長いな」
東が言う。
「だろ?」
西條は身を乗り出す。
「今まで即答だったんだよ」
『問題ありません』
『順調です』
『認識の違いです』
「全部、反射みたいに返ってきてた」
東は無言で聞いている。
「でも、ナナハンだけ違う」
西條は録音機を指差す。
「考えてる」
「あるいは、選んでいる」
東が静かに言う。
西條は視線を向ける。
「……お前も思った?」
「違和感はある」
短い返答。
それだけで十分だった。
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東は録音データをノートPCへ移す。
波形が表示される。
西條は横から覗き込む。
「こういうの分かるのか」
「多少は」
東は画面を拡大する。
通常の返答部分。
均一。
滑らか。
妙なくらい安定している。
そして。
ナナハンの質問部分。
そこだけ。
波形の前に、小さなノイズが入っていた。
「……なんだこれ」
西條が呟く。
「接続ノイズの可能性」
東は言う。
だが、声に迷いが混じっている。
「でも他にはないよな?」
「……ああ」
西條は、ゆっくり息を吐く。
「やっぱ変だ」
東はデータを見つめたまま言う。
「質問内容による処理遅延の可能性はある」
「処理」
西條が反応する。
東は数秒黙る。
言い直さない。
「……お前」
西條は苦笑した。
「今、“人”に使わない言葉使ったぞ」
東は画面から目を離さない。
「ただの表現だ」
「そうか?」
西條は椅子にもたれる。
天井を見る。
頭の中で、声が反復している。
『全部、好きですよ』
あの返答。
綺麗すぎる。
そして。
薄い。
「黒崎恒一なら、もっと具体的に言いそうなんだよな」
西條が呟く。
「根拠は」
「イメージ」
苦笑しながら言う。
「でも、あの人って“好き”をちゃんと言うタイプっぽい」
東は反応しない。
西條は続ける。
「昔からナナハン好きって都市伝説あるくらいだぞ?」
「なら知識不足か」
「誰の?」
東は答えない。
西條の視線がゆっくり上がる。
空気が変わる。
静かに。
確実に。
「……なあ」
「何だ」
「もし」
西條は慎重に言葉を選ぶ。
「黒崎恒一本人じゃないなら」
東は黙っている。
「今、喋ってたの誰だ?」
その問いだけが。
会議室に重く残った。
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夜。
西條は、一人でナナハンに来ていた。
窓際の席。
前と同じ場所。
無意識だった。
店内は混んでいる。
学生の笑い声。
油の匂い。
機械音。
いつもの空気。
そして。
『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』
声が流れる。
西條は目を閉じる。
聞く。
低く、落ち着いた声。
変わらない声。
だが。
今はもう、前とは違って聞こえる。
“本人の声”として聞けない。
その時だった。
「……あなた」
静かな声。
西條が顔を上げる。
あの女性だった。
窓際。
初日に飲み物をこぼした女性。
上品な服装。
穏やかな表情。
彼女は西條を見て、小さく微笑んだ。
「この前の刑事さん、ですよね」
西條は、一瞬だけ言葉を失う。
そして。
「……あ、はい」
小さく答えた。
女性は、再び店内の声へ視線を向ける。
『本日より発売です』
ナレーションが終わる。
女性は静かに呟いた。
「……変わりませんね」
西條の背筋に。
小さな寒気が走った。




