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喋る遺体  作者: 瀧口G也
15/24

ズレ

 通話が終わったあとも。


 会議室には、妙な静けさが残っていた。


 西條は椅子に座ったまま動かない。


 録音機のランプだけが小さく点滅している。


「……聞いたか?」


 小さく呟く。


 東は機材の電源を落としながら答える。


「何をだ」


「最後」


 西條は顔を上げる。


「ナナハンの話した時」


 東は数秒考える。


「間があった」


「だろ?」


 西條は即座に言う。


「今までと違った」


 東は否定しない。


 ただ、淡々と言う。


「質問内容が想定外だった可能性はある」


「そうじゃない」


 西條は首を振る。


「なんていうか……」


 言葉を探す。


「“考えてる”感じじゃなかった」


「では何だ」


 西條は、しばらく黙る。


 そして。


「検索してるみたいだった」


 静かな沈黙。


 東の動きが、ほんのわずかに止まる。


「根拠は」


「ない」


 西條は苦笑する。


「でも、変だった」


 東は録音機を持ち上げる。


「確認する」


---


 再生。


『……ええ』


 ナナハンが好きか、という質問への返答。


 低く、落ち着いた声。


 自然だ。


 普通に聞けば、何もおかしくない。


 だが。


 西條は眉を寄せる。


「この“間”だよ」


 巻き戻す。


 再生。


 また止める。


「長いな」


 東が言う。


「だろ?」


 西條は身を乗り出す。


「今まで即答だったんだよ」


『問題ありません』

『順調です』

『認識の違いです』


「全部、反射みたいに返ってきてた」


 東は無言で聞いている。


「でも、ナナハンだけ違う」


 西條は録音機を指差す。


「考えてる」


「あるいは、選んでいる」


 東が静かに言う。


 西條は視線を向ける。


「……お前も思った?」


「違和感はある」


 短い返答。


 それだけで十分だった。


---


 東は録音データをノートPCへ移す。


 波形が表示される。


 西條は横から覗き込む。


「こういうの分かるのか」


「多少は」


 東は画面を拡大する。


 通常の返答部分。


 均一。


 滑らか。


 妙なくらい安定している。


 そして。


 ナナハンの質問部分。


 そこだけ。


 波形の前に、小さなノイズが入っていた。


「……なんだこれ」


 西條が呟く。


「接続ノイズの可能性」


 東は言う。


 だが、声に迷いが混じっている。


「でも他にはないよな?」


「……ああ」


 西條は、ゆっくり息を吐く。


「やっぱ変だ」


 東はデータを見つめたまま言う。


「質問内容による処理遅延の可能性はある」


「処理」


 西條が反応する。


 東は数秒黙る。


 言い直さない。


「……お前」


 西條は苦笑した。


「今、“人”に使わない言葉使ったぞ」


 東は画面から目を離さない。


「ただの表現だ」


「そうか?」


 西條は椅子にもたれる。


 天井を見る。


 頭の中で、声が反復している。


『全部、好きですよ』


 あの返答。


 綺麗すぎる。


 そして。


 薄い。


「黒崎恒一なら、もっと具体的に言いそうなんだよな」


 西條が呟く。


「根拠は」


「イメージ」


 苦笑しながら言う。


「でも、あの人って“好き”をちゃんと言うタイプっぽい」


 東は反応しない。


 西條は続ける。


「昔からナナハン好きって都市伝説あるくらいだぞ?」


「なら知識不足か」


「誰の?」


 東は答えない。


 西條の視線がゆっくり上がる。


 空気が変わる。


 静かに。


 確実に。


「……なあ」


「何だ」


「もし」


 西條は慎重に言葉を選ぶ。


「黒崎恒一本人じゃないなら」


 東は黙っている。


「今、喋ってたの誰だ?」


 その問いだけが。


 会議室に重く残った。


---


 夜。


 西條は、一人でナナハンに来ていた。


 窓際の席。


 前と同じ場所。


 無意識だった。


 店内は混んでいる。


 学生の笑い声。


 油の匂い。


 機械音。


 いつもの空気。


 そして。


『ナナハン新作バーガー、本日より発売です』


 声が流れる。


 西條は目を閉じる。


 聞く。


 低く、落ち着いた声。


 変わらない声。


 だが。


 今はもう、前とは違って聞こえる。


 “本人の声”として聞けない。


 その時だった。


「……あなた」


 静かな声。


 西條が顔を上げる。


 あの女性だった。


 窓際。


 初日に飲み物をこぼした女性。


 上品な服装。


 穏やかな表情。


 彼女は西條を見て、小さく微笑んだ。


「この前の刑事さん、ですよね」


 西條は、一瞬だけ言葉を失う。


 そして。


「……あ、はい」


 小さく答えた。


 女性は、再び店内の声へ視線を向ける。


『本日より発売です』


 ナレーションが終わる。


 女性は静かに呟いた。


「……変わりませんね」


 西條の背筋に。


 小さな寒気が走った。

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