表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
喋る遺体  作者: 瀧口G也
13/24

存在の所在②

 「少し難しい状況です、か」


 署へ戻る車の中で、西條が呟いた。


 東は運転したまま答えない。


「便利な言い方だよな」


「曖昧な表現ではある」


 短い返答。


 西條は窓の外を見る。


 雨は止んでいた。


 濡れた道路に街灯が反射している。


「でも、“会えない”は否定しなかった」


 西條は続ける。


「そこだけ妙に引っかかる」


「高齢だ。リモート中心でも不自然ではない」


「理屈はな」


 西條はシートに深く座る。


「でもさ」


「何だ」


「黒崎恒一って、“そこにいる感じ”がしないんだよ」


 東は視線を前に向けたまま言う。


「感覚論だ」


「分かってる」


 西條は苦笑する。


「分かってるけど、なんか薄いんだよな」


 沈黙。


 エンジン音だけが残る。


---


 署へ戻ると、机の上に新しい資料が置かれていた。


「追加の通話記録です」


 若い刑事が言う。


 東が受け取り、西條も横から覗き込む。


「被害者の?」


「はい。事件当日のものです」


 ページをめくる。


 名前が並ぶ。


 制作会社。

 スポンサー。

 音響スタッフ。


 その中で。


 西條の指が止まる。


「……黒崎恒一」


 通話履歴。


 事件当日の夜。


 二十二時十三分。


「本人と話してる」


 西條が言う。


「その可能性は高い」


 東が答える。


「録音の時間とも近いな」


 西條は資料を持ち上げる。


 視線が細くなる。


「……でもさ」


「何だ」


「誰も“会ってない”んだよな」


 東は黙っている。


 西條は続ける。


「全部、電話だけ」


 ページをめくる。


「リモート収録」


「音声納品」


「通話確認」


 並んでいるのは、全部“声”だけだった。


 西條はゆっくり息を吐く。


「本人の目撃情報、ないのか?」


 東は資料を見返す。


「最近半年は確認できない」


「半年」


 思ったより長い。


 西條は眉を寄せる。


「ファンイベントも?」


「中止が多い」


「雑誌とか」


「音声コメントのみ」


 西條は黙る。


 机の上の資料を見る。


 黒崎恒一。


 名前は、どこにでもある。


 作品。

 CM。

 広告。

 インタビュー。


 だが。


 “本人”が、どこにもいない。


「……幽霊みたいだな」


 西條が小さく言う。


「比喩としては不適切だ」


 東は即答する。


 だが。


 否定しきれていない空気があった。


---


 西條は、ふとスマホを取り出す。


 検索画面。


 黒崎恒一。


 大量の記事が並ぶ。


『新作映画出演決定』

『黒崎恒一ナレーション担当』

『最新ゲーム出演』


 仕事は続いている。


 普通に。


 当たり前みたいに。


「……多すぎるだろ」


 思わず呟く。


「何がだ」


「仕事量」


 西條は画面を見せる。


「六十五でこれって、普通にバケモンだぞ」


 東は一瞥する。


「人気があるんだろう」


「いや、それだけじゃ説明つかない」


 西條はスクロールを続ける。


「映画、CM、ゲーム、ナレーション」


「しかも全部、最近」


 違和感が積み上がる。


 少しずつ。


 確実に。


「……休んでないんだよな」


 西條が言う。


「年齢考えたら異常なくらい」


 東は資料を閉じる。


「本人の管理能力だろう」


「そうか?」


 西條はスマホを見つめたまま言う。


「なんか、“止まってない”感じがするんだよ」


 東は答えない。


 西條は続ける。


「普通さ、年取ると変わるだろ」


「声とか、仕事量とか」


「でも黒崎恒一って、“変わってない”んだよ」


 その言葉を言った瞬間。


 頭の奥で、何かが繋がりかける。


 変わらない。


 同じ声。


 同じ温度。


 同じ言葉。


 西條の視線が止まる。


「……なあ」


「何だ」


「もしさ」


 ゆっくりと言う。


「“変わらない”んじゃなくて、“変われない”んだとしたら」


 東が初めて、西條を見る。


 数秒。


 沈黙。


 そのあと。


「根拠は」


 静かな声だった。


 西條は、小さく笑う。


「ない」


 本当に、ない。


 ただの違和感。


 ただの感覚。


 それだけだ。


 それでも。


 消えない。


 机の上の通話記録。


 そこに書かれた名前を見る。


 黒崎恒一。


 確かに存在している。


 そのはずなのに。


 どこにも触れられない。


 西條は、ゆっくりと呟いた。


「……あんた、本当にいるのか?」


 誰にも届かない声だった。


 だが、その言葉だけが。


 静かに残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ