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喋る遺体  作者: 瀧口G也
12/24

存在の所在①

 制作会社は、駅前のビルに入っていた。


 ガラス張りの外観。

 受付は静かで、無機質なくらい整っている。


「思ったより普通だな」


 西條が周囲を見回しながら言う。


「会社だ」


 東は短く返す。


 受付で名前を告げる。


 少し待ったあと、女性スタッフに案内される。


 通された会議室は広かった。


 壁際にポスターが並んでいる。


 アニメ。

 映画。

 ゲーム。


 どれも見覚えのあるタイトルばかりだった。


「すげえな……」


 西條が思わず呟く。


「ほぼ黒崎恒一出てるじゃん」


 東は無言のまま椅子に座る。


 数分後。


 ドアが開いた。


「お待たせしました」


 入ってきた男は、五十代くらいだった。


 スーツ姿。

 姿勢がいい。

 表情も柔らかい。


「副社長の三崎です」


 名刺が差し出される。


 東が受け取り、西條も続く。


「本日はご協力ありがとうございます」


 東が言う。


「いえ。当然です」


 三崎は自然に笑う。


 落ち着いている。


 声も。

 動きも。


 何も不自然ではない。


 むしろ、整いすぎているくらいだった。


「被害者とは、どのような関係でしたか」


 東が切り出す。


「長い付き合いです」


 三崎は即答する。


「優秀なディレクターでした」


 迷いがない。


「トラブルは?」


「特には」


 少しも止まらない。


「録音データには、契約に関する口論が残っていました」


 東が資料を開く。


 三崎は軽く頷いた。


「認識のズレはあったと思います」


「どのような?」


「現場側と経営側の違いです」


 言葉が綺麗だった。


 角がない。


 整っている。


 西條は、ぼんやりとその声を聞いていた。


「黒崎恒一さんとも関係が?」


 東が聞く。


「もちろんです」


 三崎は自然に答える。


「四十年以上の付き合いになります」


 長い時間。


 その言葉の重さに対して、声は軽かった。


「現在も活動されていますか」


「ええ」


 三崎は微笑む。


「順調です」


 その言葉に、西條の視線が上がる。


 順調。

 問題ない。

 いつも通り。


 また同じ温度だった。


「最近はリモート収録が中心ですが」


 三崎は続ける。


「納品も問題なく進んでいます」


「直接お会いすることは?」


 東が聞く。


 三崎は、一瞬だけ間を置く。


 本当に、一瞬だけ。


「少し難しい状況です」


 西條の眉が動く。


「体調でも悪いんですか」


「年齢もありますので」


 三崎は穏やかに笑う。


「ですが、仕事に支障はありません」


 綺麗な答えだった。


 綺麗すぎる。


 西條は会議室の壁を見る。


 黒崎恒一の出演ポスター。


 顔は映っていない。


 シルエットだけ。


 声だけで成立しているみたいだった。


「ファンイベントとかは?」


 西條が聞く。


「最近は控えています」


「でも仕事はしてる」


「ええ」


 三崎は迷わない。


「順調です」


 また同じ言葉。


 西條は、ゆっくりと息を吐く。


 会話が成立している。


 そのはずだった。


 だが。


 どこか、触れていない。


 核心を避け続けているような感覚。


「……何か?」


 三崎が微笑んだまま聞く。


「いや」


 西條は首を振る。


「なんでもないです」


 東が立ち上がる。


「本日はありがとうございました」


「いえ」


 三崎も立ち上がる。


「また何かあれば」


 会議室を出る。


 ドアが閉まる。


 廊下を歩きながら、西條は小さく呟いた。


「……会ってないんだな」


「何がだ」


「誰も」


 西條は振り返らない。


「黒崎恒一本人に」


 東は答えない。


 西條は続ける。


「“いる”とは言う」


「でも、“会った”とは言わない」


 静かな廊下。


 足音だけが響く。


 西條は、ふと会議室を振り返る。


 閉じたドア。


 その向こう。


 整いすぎた空気。


 同じ言葉。


 同じ温度。


 変わらない声。


「……なんなんだよ、これ」


 小さく呟く。


 誰にも届かないまま。


 その違和感だけが、残った。

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