存在の所在①
制作会社は、駅前のビルに入っていた。
ガラス張りの外観。
受付は静かで、無機質なくらい整っている。
「思ったより普通だな」
西條が周囲を見回しながら言う。
「会社だ」
東は短く返す。
受付で名前を告げる。
少し待ったあと、女性スタッフに案内される。
通された会議室は広かった。
壁際にポスターが並んでいる。
アニメ。
映画。
ゲーム。
どれも見覚えのあるタイトルばかりだった。
「すげえな……」
西條が思わず呟く。
「ほぼ黒崎恒一出てるじゃん」
東は無言のまま椅子に座る。
数分後。
ドアが開いた。
「お待たせしました」
入ってきた男は、五十代くらいだった。
スーツ姿。
姿勢がいい。
表情も柔らかい。
「副社長の三崎です」
名刺が差し出される。
東が受け取り、西條も続く。
「本日はご協力ありがとうございます」
東が言う。
「いえ。当然です」
三崎は自然に笑う。
落ち着いている。
声も。
動きも。
何も不自然ではない。
むしろ、整いすぎているくらいだった。
「被害者とは、どのような関係でしたか」
東が切り出す。
「長い付き合いです」
三崎は即答する。
「優秀なディレクターでした」
迷いがない。
「トラブルは?」
「特には」
少しも止まらない。
「録音データには、契約に関する口論が残っていました」
東が資料を開く。
三崎は軽く頷いた。
「認識のズレはあったと思います」
「どのような?」
「現場側と経営側の違いです」
言葉が綺麗だった。
角がない。
整っている。
西條は、ぼんやりとその声を聞いていた。
「黒崎恒一さんとも関係が?」
東が聞く。
「もちろんです」
三崎は自然に答える。
「四十年以上の付き合いになります」
長い時間。
その言葉の重さに対して、声は軽かった。
「現在も活動されていますか」
「ええ」
三崎は微笑む。
「順調です」
その言葉に、西條の視線が上がる。
順調。
問題ない。
いつも通り。
また同じ温度だった。
「最近はリモート収録が中心ですが」
三崎は続ける。
「納品も問題なく進んでいます」
「直接お会いすることは?」
東が聞く。
三崎は、一瞬だけ間を置く。
本当に、一瞬だけ。
「少し難しい状況です」
西條の眉が動く。
「体調でも悪いんですか」
「年齢もありますので」
三崎は穏やかに笑う。
「ですが、仕事に支障はありません」
綺麗な答えだった。
綺麗すぎる。
西條は会議室の壁を見る。
黒崎恒一の出演ポスター。
顔は映っていない。
シルエットだけ。
声だけで成立しているみたいだった。
「ファンイベントとかは?」
西條が聞く。
「最近は控えています」
「でも仕事はしてる」
「ええ」
三崎は迷わない。
「順調です」
また同じ言葉。
西條は、ゆっくりと息を吐く。
会話が成立している。
そのはずだった。
だが。
どこか、触れていない。
核心を避け続けているような感覚。
「……何か?」
三崎が微笑んだまま聞く。
「いや」
西條は首を振る。
「なんでもないです」
東が立ち上がる。
「本日はありがとうございました」
「いえ」
三崎も立ち上がる。
「また何かあれば」
会議室を出る。
ドアが閉まる。
廊下を歩きながら、西條は小さく呟いた。
「……会ってないんだな」
「何がだ」
「誰も」
西條は振り返らない。
「黒崎恒一本人に」
東は答えない。
西條は続ける。
「“いる”とは言う」
「でも、“会った”とは言わない」
静かな廊下。
足音だけが響く。
西條は、ふと会議室を振り返る。
閉じたドア。
その向こう。
整いすぎた空気。
同じ言葉。
同じ温度。
変わらない声。
「……なんなんだよ、これ」
小さく呟く。
誰にも届かないまま。
その違和感だけが、残った。




