第8話:届いたのに、繋がらない
直角の角の魔神は、動かなかった。
「死にたくない——!!」
叫びが、空気を裂く。
熱を帯びた声。
魂ごと吐き出した言葉。
だが——
誰も、動かない。
静寂が落ちる。
音が消える。
自分の呼吸だけが、異様に大きい。
「……死にたく……ない……?」
低い声が、遅れて響いた。
理解しているのか、していないのか。
分からないまま、言葉だけが返ってくる。
息が詰まる。
体が崩れる。
後ろに倒れ、地面に手をつく。
「……はぁ……はぁ……」
肺が焼ける。
視界が揺れる。
それでも——
「……死にたく……ない……」
絞り出す。
目の前。
巨大な魔神の瞳。
その奥に映る、自分。
小さい。
弱い。
壊れかけている。
直角の角の魔神は、しばらく動かなかった。
まるで——
“考えている”ように。
やがて。
腕を、ゆっくりと下ろす。
そして——
言葉を、落とした。
「……なら……強くなればいい」
届いた。
確かに、届いた。
だが——違う。
(……違う……)
喉が、動く。
(……そうじゃない……)
言葉にならない。
そのとき。
魔神は、振り返った。
「……魔神王……様……」
途切れた声。
それ以上は、続かない。
何かを思い出しかけて——
やめたように。
次の瞬間。
歩き出す。
止まらない。
振り返らない。
ただ、進む。
「……まって……」
声が、かすれる。
届かない。
手を、伸ばす。
空を切る。
「……待って……」
一歩、踏み出す。
足がもつれる。
それでも——
「……まって……!」
消えていく。
暗闇の中へ。
三つの影が、溶ける。
音もなく。
完全に。
静寂だけが残る。
ラグナードは、立ち尽くしていた。
何も、できなかった。
助かった。
だが——残された。
胸の奥が、ひび割れる。
(……違う……)
何かが、違う。
繋がりたかった。
ただ、それだけだった。
なのに——
言葉は、届いたはずなのに。
何も、残らなかった。
膝から崩れ落ちる。
視界が歪む。
音が遠のく。
「……なんで……」
声が、漏れる。
答えるものは、いない。




