第6話:白い影、世界を裂く
青い炎に包まれ、死を覚悟したラグナード。 だがその瞬間、彼らが立つ“空間”そのものが裂け、 白い傷のような線が現れる。 黒いもやは何かに気づいたように動きを止め、 次の瞬間、白に触れた部分から音もなく消えていった。 助かったのか、それとも新たな脅威なのか── 裂け目から滲み出た白い影は、無言のままラグナードを見下ろしていた。
青い炎に包まれた瞬間、ラグナードは死を受け入れていた。 炎は熱く、すべてを灰に変えるものだと知っている。 だが、身体はすでに疲労も痛みも超えていた。 燃える痛みを感じる前に意識が途切れるだろう──そう思っていた。
目の前に現れた骨の顔には驚いたが、 魔物や魔神のような圧力は感じない。 ただ、弱き者を焼き払うために炎を放っただけなのだろう。
ラグナードは静かに目を閉じた。
……おかしい。
熱くない。
ラグナードはゆっくりと目を開けた。 焼かれているはずなのに、熱さも痛さもない。 むしろ、身体に力が戻ってきているような感覚すらあった。
目の前の黒いもや──骨の顔も、同じように動揺しているように見える。 表情はないはずなのに、さっきまでの不敵な気配が消えていた。
ラグナードの全身は、痛みが引き、傷が治っているようにさえ見えた。 その異常さを、骨の顔も理解しているのだろう。 一瞬の静寂のあと、動き出したのは黒のほうだった。
凄まじい速度で距離をとり、大鎌を振り上げる。 その動きは、魔人の中でも上位に属する強さを感じさせた。 炎を操る力も、魔神王に近いものを持っているのだろう。
大鎌が頭上でくるくると回転する。 目で追うことすらできない速度。 今度こそ終わりだ──ラグナードは覚悟した。
身体に力を込め、迫る死を受け入れるために息を呑む。
その瞬間。
視界の端に、細い光の線が走った。
「……っ」
骨の顔は動かない。 ラグナードも動けない。 ただ、何が起きたのか理解できずに固まっていた。
遠くで、地面を削るような音が響く。
ズザザザッ──。
視界には何も映っていない。 だが、確かに“何か”が通り過ぎた。
「何がおきた……?」
状況を理解する前に、 目の前の骨の顔が一瞬で消え去った。
残されたのは、地面に落ちた大鎌だけ。
ザッ……ザッ……
何かが近づいてくる。
その直後、さっきまでラグナードと骨の顔が存在していた“この空間”が、押し潰されるように歪んだ。
胃が握りつぶされるような苦しみが襲う。 この圧力──洞窟の奥で一瞬だけ感じた、あの圧力とまったく同じ。
ラグナードは地面に手をつき、呼吸を乱しながら耐えた。 足音が、すぐ近くまで迫ってくる。
恐怖で目を開けられない。 ただ、圧力を放つ“何か”が、すぐそばに立っているのが分かる。
……その圧力が、突然ふっと消えた。
空気が軽くなる。 呼吸が戻る。 だが、気配は消えていない。
その時、耳の奥に言葉が入り込んできた。
言葉だった。 魔界で一度だけ聞いた、人の言葉。
──四本脚の魔神が発していた、あの声と同じ。
ラグナードは反射的に目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、無数に散らばる白い羽。 そして、その中心に立つ二足歩行の小柄な生き物。
小柄なのに、異様なほど“白い”。 この世界には似つかわしくない、真っ白な存在。
さっきまで空間を押し潰していた圧力は、 通り過ぎた風のように跡形もなく消えていた。
「えっ……あっ……」
ラグナードは声を漏らした。 言葉にはならなかったが、 その「おい」という呼びかけに反応しようとした。
白い影は、無言のままラグナードを見下ろしていた。




