第5話:進んでしまう
取り残された気がした。
森は静かだ。さっきまであれだけの圧があったのに、何も残っていない。
(……俺だって……)
言葉が、喉で止まる。
(……俺だって……?)
何を言おうとしたのか、自分でも分からなかった。話したことなんてない。一度も。
ラグナードは、思い出していた。
魔界に咲いていた、ひとつの花。ただ、美しかった。それ以外の認識がなかった。
触れると、わずかに動く。拒まない。だが、受け入れてもいない。それでも“花”だと思っていた。そう思うしかなかった。
しばらくそこにいた。静かだった。風だけが流れていた。
だが——違和感が走る。
痛みではない。理解の、ズレ。
見上げる。
花が、変わっている。
いや——最初から、そうだったのかもしれない。
色が濁る。輪郭が崩れる。花びらだと思っていたものが、動いている。
“見ている”。
そう思った瞬間、それは動いた。
ラグナードは走った。理由はない。ただ、そうしなければいけなかった。
あれは花じゃない。そう思った瞬間から、もう“花”には戻らなかった。
(……同じだ)
(……全部……同じだ)
魔物も、魚も、虫も。
試したことはある。声をかけた。
「……おはよう」
何も返ってこなかった。
「……あそぼう」
近づいてきた。食われそうになった。それだけだった。
言葉は通じない。意味は存在しない。ずっと、そうだった。
(……なのに)
喉が、わずかに震える。
(……さっきのは……)
「……城……」「……仲間……」
断片。壊れている。それでも——意味があった。
(……なんで……)
分からない。分からないのに、消えない。胸の奥に引っかかる。
(……もし)
言葉にならない。
(……もし……)
その先が、出てこない。
だが——足が動く。
一歩。
止まらない。
(……行きたくない)
本心だった。怖い。理解できない。あれは壊れている。ああなる。
それでも——もう、止まれなかった。
(……あれは……音じゃない)
呼吸が浅くなる。
(……意味があった)
心臓が、強く打つ。
(……繋がれる……かもしれない)
その瞬間、強く否定する。
(……違う)
そんなもの、あるはずがない。今までなかった。これからも、ない。
なのに——足は止まらない。
(……俺の意思じゃない)
気づいたときには、歩いていた。
森の奥へ。深淵の泉の先へ。
(……なんで……)
分からない。ただ——引かれている。
消えかけたはずの何かに。
(……行くしかない)
ラグナードは歩き続ける。
その先に何があるのかも知らずに。




