第30話:誓いの残響
「くそ……」
魔界に、空しく声が落ちた。
誰にも届かない、ただのひとりごと。
天界から現れて、そして消えた影。
夢だったのかと思うほど、現実味のない“繋がり”。
——だが、確かにあった。
「……また、来るわ」
あの時の声だけが、やけに鮮明に残っている。
叶えた途端に消えてしまう願い。
残されたのは、言葉と、炎だけ。
「くそ……むかつくぜ……」
どれほど、そこに立ち尽くしていただろう。
目の前の扉。
あの中に入れば——セラフィーナがいる。
ヴァルディエルも、いる。
手を伸ばせば届く距離。
それでも、足は動かなかった。
(……あの時、引き止めていれば——)
視線を落とす。
思い出すのは、“極炎”を授かった日。
魔界の王になれる力。
そう言われて、心が躍った。
痛みも、苦しみも——
すべて、この力と引き換えなら笑えた。
「……っ」
大地から石を拾い、扉へ投げる。
カン、と乾いた音。
もうひとつ。
またひとつ。
何度も、何度も。
まるで——
心に空いた穴を、埋めるみたいに。
だが、埋まることはない。
腕に力は入らない。
視界も、どこかぼやけている。
(なんで、俺はここにいるんだろうな……)
答えは出ない。
ただ、胸の奥から何かが溢れ続けている。
形にもならないまま、ただ、溜まっていく。
——寂しい。
ドサッ。
音に反応し、反射的に振り向く。
そこにあったのは——
重さだけを残した、“何か”。
「……なんだ?」
近づく。
手。足。顔。髪。
「……人間、か」
ゆっくりと髪を掴み、持ち上げる。
力はない。
温度も、ない。
「……死んでる」
周囲を見回す。
セラフィーナが入っていった扉。
この人間が現れた扉。
そして、向かい合うもうひとつの扉。
(……繋がってるのか)
理解ではない。
ただの直感。
(こいつを……戻せってことか)
髪を掴んだまま、引きずる。
扉を叩くと、勢いよく開いた。
青と黒の渦が、底なしにうねっている。
意味はわからない。
だが——迷いはなかった。
男を、投げ入れる。
吸い込まれるように消えていった。
どこに行ったかなど、どうでもいい。
ただ——
「……言われたから、だろ」
扉の前に座り込む。
また石を拾い、投げる。
カン、と音が鳴る。
それだけの時間。
やがて、また“落ちてくる”。
残骸。
ひとつ、またひとつ。
最初は戻した。
次第に面倒になり、放置することもあった。
それでも、四日もすれば魔界に溶けて消える。
だから——どちらでもよかった。
それでも、時々思い出したように戻した。
(……つまらねぇな)
手のひらを見る。
(なんで、生きてんだろうな……)
空を見上げる。
何もない。
(……また、来るのかよ)
返事はない。
ただ、沈黙だけが続く。
胸の奥が、膨れ上がる。
抑えきれない何かが——
今にも、弾けそうになる。
唇が震える。
声にならない。
それでも——
「あああああああああああ!!」
叫びが、魔界を震わせた。
「くそぉぉぉ!!」
両腕を空へ掲げる。
「……俺らしくねぇだろうが……!」
荒い呼吸。
そして——吐き出すように。
「セラフィーナ!!」
沈黙。
だが、その中で——
何かが、変わった。
(……守る)
(扉も——人間も)
(全部、守ってやる)
拳を握る。
(また会った時に言ってやるよ)
(ちゃんと守ったってな)
積み上げた石を蹴り飛ばす。
バラバラに崩れる音。
——そこからだった。
石を集める。
木を運ぶ。
岩を積む。
隙間を埋めるように、ただひたすらに。
落ちてくる残骸。
舌打ちしながらも、扉へ戻す。
「……ちっ、めんどくせぇ」
それでも——やめなかった。
ひとつひとつが、約束だからだ。
やがて——
小さな建物ができた。
城と呼ぶには、あまりにも粗末。
だが——確かに“守る場所”。
誰のためでもない。
ただひとつの誓いのために。
永遠にも感じる時間の中で——
ベルザグラドは、積み上げ続ける。
また会えると、信じて。
——その記憶を、ラグナードはただ見ていた。
何も言えず、立ち尽くすことしかできなかった。




