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縁界《ENKAI》|人を残した魔神は、壊れた縁を選ぶ  作者: 玲皇


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第3話:見ているもの

「……なんでだよ……」


声は、震えていた。


目の前の“それ”は、答えない。


黒く濁った目。

裂けた口から、粘ついた唾液が垂れている。


そこにあるのは意思ではない。

ただ、“見ている”という事実だけだった。


(……こいつは……何を見てる?)


ラグナードは、一歩後ろへ下がる。


砂を踏む音。


その瞬間——


“それ”も、同じだけ進んだ。


(……距離が、変わらない?)


もう一歩、下がる。


同時に、一歩、進まれる。


近づいているのに、離れない。


いや——


(距離そのものが……意味を持ってない?)


理解する前に、身体が動いた。


逃げる。


そう決めた瞬間、森へ駆け出していた。


枝が頬を裂く。

息が乱れる。

足がもつれる。


振り返る。


——いない。


(撒いた……?)


その瞬間。


視界の“正面”に、それはいた。


最初からそこにいたように。


「……は?」


ラグナードの足が止まる。


いや、止められた。


(動けない……?)


“それ”は、何もしていない。


ただ、見ているだけだ。


それなのに、身体が拒否している。


次の瞬間。


視界が跳ねた。


——腕が、消えた。


ガブッ。


遅れて音が来る。


骨が砕ける音。

肉が裂ける音。


「……っ……!!?」


右腕が、肩から無い。


そこにあったはずのものが、存在していない。


“それ”は咀嚼していた。


しかし違和感がある。


(……食ってるのに……見てる?)


視線が、こちらから離れない。


痛みが来る。


焼けるような痛み。


裂けるような痛み。


「ぁあああああああああああ!!」


逃げようとする。


だが、どこへ?


森が歪む。

方向が消える。


(……逃げる場所が、ない)


気づく。


これは追跡じゃない。


(最初から……“ここにいる”)


次の瞬間。


視界が暗転した。


「……はっ!!」


ラグナードは飛び起きる。


荒い呼吸。

汗が流れる。


右腕を掴む。


——ある。


確かにある。


(夢……)


そう思った瞬間。


視界の端に、“それ”が落ちていた。


黒い塊。


肉でも骨でもない、意味のない残骸。


それは、ゆっくりと溶けて消えた。


(……なんだ、今の……)


湿った空気。

腐敗の匂い。


深淵の森。


ここは、生きているだけで削られる場所。


だが今のは違う。


(“夢の方が、現実みたいだった”)


その時。


空気が止まる。


風が消える。

水の揺れが止まる。


音が、消える。


(……違う)


止まったんじゃない。


(“止められてる”)


ラグナードは気づく。


誰かがいる。


どこかで見ている。


「……やめろ」


声は誰にも届かない。


その瞬間。


風が戻る。

水が揺れる。

音が戻る。


だが——


ひとつだけ違う。


地面に、足跡があった。


一列。


森の奥へ続いている。


(……夢じゃない)


ラグナードは、その足跡を見つめる。


手が震えている。


恐怖だ。


だがそれ以上に——


(……何かが、繋がってる)


「……見つける」


声は小さい。


だが確かに出た。


その瞬間。


背後の空間が、わずかに揺れた。


(誰かが、見ている)



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