第2話:壊れない何か
何度見た光景だろうか。
この城を作ってからずっと、同じことが繰り返されている。
扉が開き、“何か”が落ちてくる。
人間だったもの。
人間だったかもしれないもの。
すでに人間ではないもの。
その違いに、この世界は意味を持たない。
喰うか。
喰われるか。
それだけで十分だった。
魔界では、死は終わりではない。
ただ“形が崩れる現象”にすぎない。
崩れたものは、残らない。
残る前に、消えていく。
だから食うしかない。
理由ではなく、反射として。
そういう世界だった。
だが、最近ひとつだけ違う。
この城の周囲に、“揺れないもの”がいる。
角を持つ存在。
だが、戦わない。
襲わない。
逃げない。
ただ、見ている。
こちらではない。
“別の何か”を見ている。
意味のないはずの行動。
魔界には、本来「目的」という概念は存在しない。
それなのに、あいつらには“向き”がある。
最初にそれに気づいたとき、理解できなかった。
次に気づいたとき、それはもう“当然のようにそこにいた”。
ヴァルディオス。
ゼルガディア。
名前は、後からつけた。
区別するための記号だ。
支配でも、理解でもない。
ただの識別。
そして命じた。
扉から落ちてくるものに干渉するな、と。
それは秩序ではない。
境界でもない。
ただの“線引き”だった。
この城と、それ以外を分けるための。
だがその線は、最近わずかに歪み始めている。
ある日。
王座に、それはいた。
そこにあるはずのない“静止”。
黒く濁った何か。
形はある。
だが意味がない。
攻撃しても反応しない。
壊しても消えない。
潰しても戻る。
一度崩れたものが、同じ場所に立っている。
それはこの世界の理ではありえない。
魔界では、壊れたものは終わる。
戻ることはない。
それなのに、それは戻ってくる。
何度でも。
気づけば、そこにいる。
肩に。
背後に。
視界の端に。
振り払っても意味がない。
拒絶しても消えない。
やがて二体の魔神が動きを止める。
だがそれすらも、すぐに沈黙に飲まれた。
そして理解する。
これは“魔物”ではない。
だが“意思”でもない。
理の外側にある“何か”だ。
名前は後からつけた。
クロム。
何も喰わない。
何も壊さない。
何も選ばない。
だがそれが、一番おかしい。
この世界では、“何もしない”という状態は存在しない。
それは即ち、消失だからだ。
それなのに、こいつはそこにいる。
変わらず。
壊れず。
消えずに。
そこで初めて気づく。
この城の理は、完全ではない。
いや──最初から“完成していなかった”のかもしれない。
扉から落ちてくる存在。
意味のある死。
意味のない捕食。
そのすべてが、どこかに“使われている”。
誰かが設計したのか。
それとも、最初からこうだったのか。
分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
この世界は、まだ終わっていない。
そして今──
静かに、崩れ始めている。
クロムは肩の上で動かない。
それが、この崩壊の最初の“証明”のように見えた。




