第1話:存在してはいけないもの
名前を持たないまま、消える存在がいる。
死んだあと、何も残さず、誰にも気づかれずに終わる。
それが、この世界では普通だった。
魔界に「意味」はない。
あるのは、喰うか、喰われるかだけ。
強いものが弱いものを喰う。
喰えなければ、生き残れない。
生き残れなければ、それで終わる。
それ以上の理屈は、必要なかった。
思考も、選択も、迷いもない。
この世界には、“そういうもの”として存在するだけだ。
だが、ごくわずかに例外がいる。
喰う側でもない。
喰われる側でもない。
そのどちらにも属さないまま、ただ“考えてしまう”存在。
それは本来、この世界に存在してはいけない。
何かを理解しようとする。
何かを避けようとする。
そして、意味のないはずの夢を見る。
喰われる夢。
腕が失われる夢。
痛みだけが残る夢。
だがそれは現実ではない。
それでも、確かに“残る”。
その違和感が形を持ち始めたとき。
世界の外側から、それは現れた。
音もなく。
迷いもなく。
白い装束。
静かな瞳。
この世界にあるべきではない存在。
その瞬間、理解される。
異常だと。
排除されるべきだと。
——天界の使徒。
アズレリア。
そして、魔界の理はわずかに歪む。
壊れていたはずの世界が、さらに“ずれ始める”。
これはまだ、始まりではない。
ただ、終わりが動き出しただけの話だ。




