第25話:そのまま、前へ
息は、もう落ち着いていた。
胸の奥に残る熱も、さっきよりは静かだ。
森の中。
風が、抜ける。
さっきまでの気配は、もう遠い。
ラグナードは、ゆっくりと歩いていた。
無理に動かしているわけじゃない。
足は、自然に前へ出る。
少し前を、アズレリアが歩いている。
振り返らない。
待たない。
それでも——距離は離れない。
会話は、ない。
だが、不思議と重くはなかった。
(……ついていけてる)
それだけで、十分だった。
ふと、足元を見る。
炎は、出ていない。
何も変わっていないはずなのに——
さっきまでとは、どこか違う。
「……なぁ」
声をかける。
「なに」
振り返らずに、返ってくる。
「……さっきの」
少しだけ、言葉を探す。
「足のやつ」
アズレリアの視線が、一瞬だけ落ちた。
「形になっただけ」
短い。
それだけ。
「……形……」
ラグナードは、小さく繰り返す。
「逃げるために出た」
否定はしない。
事実だ。
「それでいい」
変わらない声。
「生きるために使ったんだから」
ラグナードは、少し黙る。
(……生きるため……)
同じ言葉。
でも——さっきとは、違って聞こえる。
「……じゃあさ」
前を向いたまま、口を開く。
ほんの一瞬、間を置く。
「次は——」
呼吸を整える。
「逃げなくていいようにする」
アズレリアの足が、わずかに止まった。
ほんの一瞬。
すぐに、また歩き出す。
「……そう」
それだけだった。
否定も、肯定もない。
けれど——
少しだけ、軽い。
ラグナードは、小さく息を吐く。
怖さは、消えていない。
それでも——
足は、止まらなかった。
風が、少しだけ強く吹く。
木々が揺れ、ざわ、と音が広がる。
ラグナードは、前を見る。
アズレリアの背中。
遠くない。
離れていない。
「……行く」
小さく、呟く。
誰に向けるでもなく。
ただ、自分に。
その一歩は——
もう、迷っていなかった。




