第23話:逃げるために、生まれた力
気配が、消えない。
見えないのに——
ずっと、そこにある。
ラグナードは、動かなかった。
目は、森の奥。
「……あれ、なんだ」
低い声。
さっきまでとは、明らかに違う。
「行くわよ」
アズレリアが、歩き出す。
「……あっちに?」
思わず、聞く。
「えぇ」
迷いがない。
ラグナードは、動けなかった。
(……違う)
さっき倒した魔物とは、
明らかに“別物”。
「……無理だ」
小さく、こぼれる。
アズレリアの足が、止まる。
「……何が?」
振り返らないまま、聞く。
「……あれは……無理だ」
喉が、乾く。
沈黙。
「そう」
一言。
その瞬間——
ドンッ。
空気が、落ちた。
「……っ!?」
膝が、沈む。
呼吸が、潰れる。
圧。
さっき感じたものと同じ。
だが——
比べものにならない。
逃げ場が、ない。
「じゃあ、ここで終わる?」
冷たい声。
「……っ……!」
立てない。
身体が、拒否している。
「あなたは弱い」
はっきりと言う。
「今のままじゃ、魔神城には辿り着けない」
その言葉が、胸に刺さる。
「……魔神城……?」
「私の目的よ」
初めてだった。
“目的”という言葉。
「私は、天界に戻る」
静かに。
迷いなく。
「そのために、魔神城に行く」
思考が、止まる。
(……戻る……?)
「……じゃあ……」
言葉が、出ない。
喉が、詰まる。
(……いなくなるのか……?)
聞けない。
怖くて。
「その顔」
アズレリアが、わずかに目を細める。
「分かりやすいわね」
見透かされる。
ラグナードは、視線を逸らした。
「……別に」
嘘だった。
胸の奥が、ざわつく。
「でも、現実は変わらない」
一歩、近づく。
圧が、さらに強くなる。
「ついて来るなら——」
もう一歩。
「強くなりなさい」
呼吸が、できない。
(……無理だ……)
身体が、動かない。
怖い。
さっきの“気配”。
あれと戦う?
無理だ。
その瞬間——
「じゃあ——死になさい」
圧が、弾けた。
ドクンッ!!
胸が、跳ねる。
視界が、歪む。
(……死ぬ……!!)
本能が、叫ぶ。
考える前に——
足に、意識が落ちた。
(逃げる)
それだけだった。
ドクン。
炎が、弾ける。
足元。
ボォォォッ!!
爆発。
ヒュンッ——!!
身体が、消える。
景色が、流れる。
一瞬で、後方へ。
地面に、着地する。
「……っ……!」
息を吐く。
足を見る。
炎。
赤い炎が——
足を包んでいる。
揺れている。
生きているように。
「……なんだ、これ……」
「いいじゃない」
アズレリアの声。
いつの間にか、そこにいる。
「それが“形”よ」
ゆっくりと近づいてくる。
もう、圧はない。
「あなたの力の使い方」
ラグナードは、足を動かす。
軽い。
異常なほどに。
地面との感覚が、違う。
「逃げるために使った」
その言葉に、はっとする。
「でも、それでいいの」
アズレリアは続ける。
「生きるための選択が——力になる」
ラグナードは、拳を握る。
(……生きる……)
そのためなら——
「……行く」
小さく、呟く。
「魔神城」
顔を上げる。
怖い。
でも——
「……一緒に行く」
言い切った。
アズレリアは、少しだけ目を細める。
「そう」
それだけだった。
だが——
その背中は、もう止まらなかった。




